今日この日をワクワクしながら生きるという約束

今日は縁あって、学生さん向けのイベントのような場で
パネルディスカッションに登壇させてもらう機会を頂いた。

パネルの最後の方の質疑応答で、ある学生さんから
「どんなことを日々自分に問いかけて生きていますか?」
という質問を受けた。普段であれば何かその場の雰囲気で
答えるところだけど、この週末はちょっと特別な日だったので、
普段はあまり人前で話さない個人的なエピソードについて、
ほんの少しだけ喋ってみることにした。

でも、話してみたら話してみたで、もう少しそのことについて
考えてみたくなったので、ブログを書いてみようと決めた。


今週末は、僕の尊敬する先輩の命日だった。

悪性の血液の癌で、先輩はいまから3年前の2011年12月5日に
亡くなった。2年以上に及ぶ壮絶な闘病生活を経てのことで、
先輩が31歳のときのことだった。

その先輩とは、大学時代に部活を通じて知り合った。学生時代は
部活だけの関係性だったが、その後、先輩が当時黎明期だった
シェアハウス関連の事業を立ち上げて、僕が偶然にもその初期の
ユーザーとなったことがきっかけで、自然と親交が深まっていった。

先輩が起業したオフィスと、当時僕が務めていた会社が近かった
こともあって、毎週月曜の朝に、とりとめもなく1時間くらい
ダラダラと話をするということが、僕たちの習慣になった。

先輩はいつも何かニヤニヤしながら面白いことをしかけている
ような人で、また同時に、周囲の人に対してとにかく優しい人で、
周りの人たちから信じられないくらい慕われている人だった。

毎週月曜朝のダラダラした時間の中で、僕は先輩から本当に
たくさんのことを教えてもらった。なにげない会話からこそ、面白い
何かは始まるということ。仲の良い仲間たちと一緒に時間を過ごす
ことこそが、人生で一番大事だということ。自分の理性よりも感性を
信じた方が、自分にとってより良い決断をできるということ。そして、
気の合う仲間と起業をするという生き方が存在するということも…。

彼から教えてもらったことは、いまの僕の考え方の柱になっていると
思うし、きっと彼がいなかったら、起業なんてしていなかったと思う。

先輩は病気がわかってからも、僕に色々なことを教えてくれた。
僕が起業することを決めたと報告したときにも、先輩は誰よりも
喜んでくれて応援してくれた。会社を辞めて時間が有り余っていた
僕が、"お見舞い"という名のもとに先輩の病室に押しかけていって
生煮えの事業モデルについてアドバイスを求めても、あーでもない、
こーでもないと、僕の気が済むまで、色々な話に付き合ってくれた。

そんな先輩と最後に連絡を取ったのは、彼が亡くなる5日前で、
なんだか変な感じだけど、Twitterでのやり取りだった。
癌の再発が分かって最も辛い時間を過ごしていた頃であろう
先輩に、僕が応援のメッセージを送ると、こんな返信が帰ってきた。

"ありがとう。大地が楽しそうに仕事をしている姿を夢想すると
元気がでるよ。事業をワクワクするものに育ててあげて!ファイト!"


もちろん、自分が掲げた目標を達成できるどうかは大切だし、
そこに向けて事業や活動が順調に進んでいるかどうかということは、
何かを成し遂げたいと思う人にとっては、すごく重要なことだ。

でも、もしかしたらそれ以上に大切なのは、今日この日を、いまこの瞬間を、
自分自身が心からワクワクした気持ちで過ごしていることじゃないのか。

先輩が最期に教えてくれたことは、そのことだったと思う。

以来、僕は折にふれて、「自分は先輩に胸を張ってワクワクしていると
言えるくらいに、いまこの瞬間を楽しめているだろうか?」
ということを、
自分に問いかけるようにしている。

残念ながら、未熟な僕の答えはYESだったりNOだったりするのだけれど、
そう問いかけることで、YESと言える時間も確実に増えているように感じる。


先輩が亡くなったのは、31歳のときだ。気がつけば、今年7月に32歳に
なった僕は、先輩よりも長くこの世の中で人生を生きていることになる。
果たして、自分は先輩よりもワクワクした人生を送れているだろうか。

明日からの毎日も、先輩に負けないくらい、ワクワクして過ごそうと思う。

先輩、いつも見守っていてくれて、ありがとうございます。
おやすみなさい。


NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

☆★☆NPO法人クロスフィールズでは現在職員を募集しています。詳しくはこちら!☆★☆

東洋経済バナー
東洋経済オンラインでアジア新興国への「留職」で熱くするニッポンを連載中!

32歳の誕生日とお願いごと

2014年7月15日、今日で僕もついに32歳になりました。

起業してからは年齢が若いことがハンデになることも多くて、
早く年を取りたいなぁとか思っていた時期もありましたが、一巡して、
いまは年を取るのはほぼ嬉しいことではなくなっております。。。

クロスフィールズという団体を立ち上げてからも3年以上が経ち、
起業家としても最近は「若手起業家」とは呼ばれなくなってきていて、
それも何だか嬉しいような、でもやっぱり寂しいような気分です。

さて、普通こういう時は32歳の抱負とかを書いたりするわけですが、
見事に期待を裏切って、誕生日なのをいいことに、ちょっと皆さんに
堂々とお願いをさせてもらえればなと、年甲斐もなく思っています。

お願いごとは、以下の2つです。


1.シリアの人たちのために力を貸して下さい

シリア支援

僕が青年海外協力隊として活動していたシリアでは、内戦の影響で
多くの人々が長期間にわたって過酷な生活を送ることを余儀なくされています。

そんな中、僕の友人たちが、シリア難民と難民支援の現状を
伝えるためのドキュメンタリー映画を製作しようと立ち上がりました。
そしていま、その映像を撮影するための資金を、READY FOR?という
クラウドファンディングのプラットフォームを使って必死に集めています。

キャンペーンの詳細→https://readyfor.jp/projects/syria_refugee_film

なかなか日本のメディアがシリアの現状を伝えることができていない中で、
とても意義深い活動だと僕は思います。皆さんも、よろしければ是非ご支援を!

ちなみに僕も32歳の誕生日を記念して、先ほど支援をしてみました。
とても簡単な手続きで支援ができるし、1万円以上の支援をすれば、
なんと完成品の映像のエンドロールに名前まで入るのだそうですよ!


2.クロスフィールズの誕生日会にお越し下さい

3th_anniversary_banner2.jpg

僕が32歳の誕生日を迎えるのとともに、クロスフィールズという組織も
今年5月をもって3歳の誕生日を無事に迎えることができました。

ベンチャー組織が創業3年で廃業する確率は7割以上とも言われていて、
その意味でも、3歳の誕生日を迎えられるのは本当に喜ばしいことです。

そこで、この3年間の感謝の気持ちを込め、「3周年感謝祭」と題した
イベントを7月27日(日)に恵比寿にて開催しようと企画しています。

イベント詳細→http://crossfields.jp/info/#a1774

クロスフィールズは一般向けに報告会をする機会が普段あまりないのですが、
今回は留職プログラムの参加者の方々にも多数お越し頂き、色々な話をして
頂く予定です。当日は僕もこの3年間を振り返って、色々と話をさせて頂く予定です。

皆さん、よければぜひご家族・ご友人をお誘いの上、ぜひお越し下さい!
(締切が7月22日(火)と迫っているので、どうかお早めにお申込み下さい)

+++

以上、2つの誕生日プレゼントのお願いでした。

よく考えてみたら誕生日プレゼントなんてここ数年もらった記憶は
あまりありませんが(涙)、子どもの頃の記憶を頼りにおねだりしてみました。

いい歳して、なんだかすみません…

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

☆★☆NPO法人クロスフィールズでは現在職員を募集しています。詳しくはこちら!☆★☆

東洋経済バナー
東洋経済オンラインでアジア新興国への「留職」で熱くするニッポンを連載中!

シリア国内で暮らす友人たちの現状(2014年5月)

弾丸日程でのヨルダン・レバノン訪問を終え、
今日、無事に日本へと帰ってきました。

国内避難民となってしまった友人Nに会って
経済的な支援を届けるのが今回の訪問の目的でしたが、
残念ながら、今回は友人Nには会えませんでした。

詳しい事情までは分からないのですが、政府が突然、
今月だけ公務員が国外に出ることを禁じたらしいのです。
(友人Nは公立学校の教員のため、その対象者なのです)

一時はお金を渡すことも諦めかけましたが、現地で友人と
連絡を取り合い、最後に機転を利かせて、彼の甥っ子兄弟に
レバノンまで来てもらい、彼らにお金を託すことができました。

ただ、シリアの首都ダマスカスとレバノンの首都ベイルートの
間にはなんといまは30箇所以上の検問所があるそうです。
最後までどうなるか不安でしたが、つい先ほど友人Nと電話して、
無事に彼の手元にお金が届いたことを確認できました。

今回まず渡すことができたのは、生活費の半年分の支援金。
これで友人家族の生活が少しでも楽になればと思います。

ひとまず、これでミッション完了です。

ちなみに、「お金も嬉しかったけど、一緒に渡してくれた
写真を見て、幸せな気持ちになれた。ありがとう」とのこと。
4年ほど前に妻と一緒に彼の村を訪れたときの写真や、
去年生まれた娘の写真を、とても喜んでくれたみたいです。

IMG_4922_s.jpg

さて、今回レバノンまで来てくれた友人Nの甥っ子2人。

兄のK(24歳・写真右)は、今回が国外に出るのは初めての経験。
本当によく来てくれたなぁと思います。

弟のM(21歳・写真左)は、12歳の頃からよく知っています。
当時からすごく利発な少年で、いつか検事になると言って
いましたが、彼は初志貫徹して自分の夢を追いかけ続けて、
いまは名門ダマスカス大学の法律学科で学んでいます。

彼らとの感動の再会を果たし、ベイルートの海辺のレストランで
夕食をご馳走しながら、久しぶりに色々なことを語り合いました。
本当に格別な時間で、今回来てみて本当に良かったと心底思いました。

ただ、こうして再会を喜ぶ幸せな時間の中でも、彼らとの会話には、
当然のように内戦の悲劇と彼らの複雑な思いとが垣間見えました。

印象的だった話を、2つだけ書いておきたいと思います。


宙に浮いた若者たちの将来

ダマスカス大学で学ぶ弟のM。彼の兄弟たちは、彼のために
出稼ぎをして、学費の仕送りをしたりしているそうです。
検事を目指す優秀な彼は、文字通り「一家の希望」なのです。

ただ、本来であれば大学4年生になっているはずの彼は、
いまもまだ3年生の過程を勉強しています。内戦の影響で
授業が休講になったり、試験が受けられないといった事態が
頻発していて、学生たちは過程通り進学できないのです。

なお、シリアの他の大学は壊滅的な状況になっていて、
少しでも機能しているのはダマスカス大学くらいだそうです。
そのため、ダマスカス大学には全国から大学生が集まってきて、
学生数は従来の2倍以上に。混乱は更に広がるばかりだそうです。

M自身も、自分が来年卒業できるかどうかも分かっておらず、
その後の検事になるための試験や司法修習などがどうなるかの
見通しも立たず、不安でたまらないと嘆いていました。

彼自身は言っていませんでしたが、そもそも、シリアという国や、
その国の法律がどうなっていくのかも分からない状況です。

そんな状況の中で彼は必死に法律を学ぼうとしていて、
家族たちは「一家の希望」である彼を必死で支えています。

理不尽すぎる状況と、希望を持つ人間たちの強さ。
僕には、彼らにかける言葉は何もありませんでした。


揺るぎない土地への想いと「難民」の辛さ

友人Nや甥っ子兄弟が住んでいたギルギスという村は、
シリア南部クネイトラ県にある人口3,000人くらいの小さな村でした。

農業や牧畜を営む人々がのどかに暮らし、牛や羊たちの群れが行き来し、
少し歩けばオリーブの木々も生い茂る、本当に美しい村でした。

img_0.jpg
↑僕が2005年に撮影したギルギス村の風景


「見てみろ、ダイチ。この村には何でもあるだろう!」

僕が青年海外協力隊としてこの村に赴任した時、どの村人たちも
そんな風に村の自慢をしていたのが、昨日のことのように思い出されます。

そして僕もまた、お金とかモノとかそんなものは何にもないはずなのに、
確かにこの村には全部必要なものがありそうだと、何となく思えていました。

しかし、状況は一変してしまいました。

ギルギス村はいま、政府軍と反政府軍との交戦の主戦場となっています。
なんでも、オリーブの生い茂る森は格好の戦場になるのだそうです。
(この話を教えてくれた時の彼らの辛そうな顔が忘れられません...)

3,000人の村民のうち、いま村に残っているのは50人程度だそうです。
既に全員が避難しているものだと僕は勝手に思っていたのですが、
一部は村に残ることを選んだのです。そして、その多くは高齢者です。

「もうすぐ死ぬ自分たちは、生まれ育ったこの村で死にたい。」

きっと、それが彼らの気持ちなのだと思います。なお、僕の友人や
甥っ子兄弟はこの数カ月間は村に入ってもいないため、村に残った
人たちがどうなっているのかは全く分からないとのことでした…。

この国の人々の土地に対する想いは、かくも強いのです。

それだけに、彼らがいま自分たちの故郷を離れて生きなければならず、
そして、いつその故郷に戻ることができるかも分からないという状況は、
彼らにとっては身も心も引き裂かれるような辛いことなのだと思います。

内戦が激化してから友人Nと電話をしていて、「早く安全なところに
移り住んだ方がいい」とずっと主張していた僕は、「難民」になることの
辛さを、きっとこれっぽっちも理解できていなかったんだと思います。


ベイルートでの食事中、甥っ子兄弟たちは
「次はギルギス村で会おう」「村の羊や野菜で、最高のご馳走をする!」
と、村で僕をもてなすことを、何度も何度も約束してくれました。

この約束が1日も早く実現することを、僕も心の底から祈りたいと想います。


+++


最後になりましたが、乱文だらけの一連のシリア関連の記事を
読んで下さった方々、本当にどうもありがとうございました。

日本でのシリアへの関心はあまり高くないと思って書いていたのですが、
実はこの1週間のブログへのアクセス数は、僕がブログを始めてから
最高を記録しました。そのことに、僕自身も大いに励まされました。

僕も明日からは通常の日本での生活に戻るわけですが、今回の訪問で
感じたこと・考えたことを忘れないよう、日々を過ごしたいと思います。
引き続き、自分にできることを、地道にやっていくことを誓います。

なお、何人の方から「日本にいる自分にもシリアのためにできることは?」
といった質問を頂きました。そうした方のために、簡易的ではありますが
「シリア難民のために日本でできることの一覧」
を作成してみたので、もしよければ参考にして頂ければと思います。

それでは皆さん、今回は本当にありがとうございました!

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

東洋経済バナー
東洋経済オンラインでアジア新興国への「留職」で熱くするニッポンを連載中!

シリア難民のために何かしたい方へ ~募金・寄付先などの一覧~

2011年3月から始まったと言われるシリアの内戦では、
多くの人たちが生命を落とすとともに、実に全人口の40%以上が
難民となり国内外での生活を強いられています。(2014年3月時点)

このような状況を見て、日本にいながらも、彼らのために何かを
したいという気持ちになった人も少なくないのではないでしょうか。

そこで、友人にもアドバイスをもらいながら、シリアのために何かを
したい方が日本でできるアクションを、簡単にまとめてみました。

少しでも何かの参考になればと思います...


1. 寄付・募金をしてNGOの活動をサポートする

シリア支援団体サダーカ

スライド1

特定非営利活動法人日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)

スライド2

特定非営利活動法人ジェン(JEN)

スライド6

認定NPO法人 国境なき子どもたち(KnK)

スライド4

公益社団法人 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン

スライド5

認定NPO法人 IVY

IVY.jpg


2. 署名をしてシリアの平和を願う意思表示をする

シリアの平和を願う署名キャンペーン(Change.org)

プレゼンテーション3

3. シリア難民の作った製品を購入して難民の自立を支える

イブラワハイト

スライド6

4. シリア関連の各種イベントに参加する

UNHCR / ジャパン・プラットフォーム共催シンポジウム(2014年5月17日開催)
「シリア危機:失われた世代にしないために - 子どもたちの現状」


スライド7


ごくごく簡単ですが、以上です。
また新たに見つかったアクションなどあれば、追記していきます。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

東洋経済バナー
東洋経済オンラインでアジア新興国への「留職」で熱くするニッポンを連載中!

シリア難民の現状 ~ヨルダン訪問記(2014年5月)~

前回の記事に書いたような経緯で、いま僕は中東に来ています。
短いヨルダンでの滞在を経て、いまはレバノンの首都である
ベイルートにいます。この地で友人Nと会う約束をしたからです。

ただ、残念ながら昨日になって彼から「行くのは難しいかもしれない」
という連絡だけ入り、それ以来、突然連絡が取れなくなっています。
正直なところ、今回彼と会える可能性はかなり低くなってしまいました。
明日までは滞在するので、最後の可能性にかけてみるつもりですが…


そんな状況ですが、せっかくなので、僕が見た範囲で、
現地の情報を少しでも発信したいと思います。

今回ヨルダンでは、首都アンマンに2日間滞在し、この地で
シリア難民の支援を続ける、協力隊時代からの友人である
田村雅文(シリア支援団体サダーカ代表)の助けを借りて、
5軒の難民家庭の訪問や傷病者施設の見学をさせてもらいました。

IMG_4762.jpg
↑家庭訪問の様子。左から二番目が田村雅文


シリア内戦が悪化する中、難民となって国外に避難する
人々は増え続け、その数は250万人を超すと言われています。
650万人を超す国内避難民をこれに足せば、実に全人口の
約40%が難民になっているというから、驚きを隠せません。
(数字は全てUNHCRが2014年3月に発表したものを引用)

僕の友人と同じ境遇にいる人が900万人以上もいるという
数字は、考えただけで気の遠くなりそうな事実です。

隣国であるヨルダンには、登録されているだけで60-80万人、
非登録の難民も合わせると更にその倍以上の難民が押し寄せて
いると言われます。これはヨルダンの全人口(約630万人)の
10-20%にあたるというから、どれだけ膨大な数か分かります。

では、ヨルダンのシリア難民はどんな生活をしているのでしょう。
あくまで僕の印象ですが、少し感想を書いてみたいと思います。

描けない未来の展望

とにもかくにも、彼らは未来の展望を描くことが難しいです。

食事や医療などの最低限のサポートは国際機関からの支援で
何とかまかなえているケースが多いようですが、シリア難民が
ヨルダンで仕事を見つけるのは極めて難しく、恒常的な収入が
ある家庭はほとんどありません。

また、ヨルダン政府側の受入体制も不十分なようで、学校に
通うことができている子どもの数はかなり限定的です。

そのため、仕事も学校のない難民たちは、ほとんどが1日中を
家の中で何もせずに過ごし、たまにやって来る国際機関などの
援助をあてにして日々を過ごしているという印象です。

僕が訪問した家庭の人々は、表面上に悲壮感がある感じでは
ありませんでしたが(彼らは本当に強いです!)、やはり
どこかに、未来が描けないことからくる暗さや疲れのような
ものが見え隠れしていました。

協力隊のときに感じていた僕が好きだった
シリア人特有の底抜けな明るさは、どこかに行っていました…

急速に広がる心身の病

今回訪問した家庭では、心臓疾患や癌などの病気で入退院を
繰り返している人が大勢いました。日当たりが悪く狭い家に
大家族で暮らしているので、身体に与えるダメージが大きい
というのは、容易に想像がつきます。

また、一緒に訪問したメディカルドクターの話では、今後は
精神疾患の患者が急増するということでした。幼い子どもを
含めて、多くの人たちが、家の回りの人たちが殺されるのを
目撃するという凄惨な経験をしています。それにより、国外
に来てからも不眠症になっている人も多いようでした。

多くの難民が持つ壮絶な経験

訪問した家庭で聞いた話は、全てが壮絶すぎるものでした。

その中でも衝撃的だったのは、シリアの中でも最も戦闘が
激しいとされるホムス市出身の男性(28歳)の話でした。

彼は1年半にわたって家の中に隠れ続け、電気も水もない
状態で何とか生き延びたそうです。一緒に生活していた
子どもたちは一歩も外に出ることができず、毎日毎日、
銃撃戦の音に怯えながら日々を過ごしていたそうです。

そして、何を食べて持ちこたえていたかを尋ねると、
「店も全て閉まっていて食料もなかったので、その辺に
生えている草を茹でて食べたり、近くを通った野良猫や
野良犬を食べて飢えをしのいだ」というのが答えでした。
もともとは肥満体型だったこの男性は、ヨルダンに逃げる
までの1年半で38キロも体重が落ちたとのことでした。

なお、一緒に逃げてきたお兄さん(42歳)は途中で政府軍に
捕まってしまい、いまどこにいるかは分からないそうです。
そのお兄さんの子どもたち(4-10歳くらいの4人兄妹)は、
僕たちの横でその話を寂しそうに聞いていました。ちなみに、
そのうちの1人の子どもは、あまりにも泣きすぎて片目の
視力がなくなって失明状態になってしまったそうです。

輝かしいたくましく生きる人々の姿

シリア難民の多くは、上記のような悲惨な状況の中で
何とか耐えてきて、いまも大変な状況に身をおいています。

ただ、そんな状況でも、彼らは文字通り「生きて」います。

僕が訪問した家庭でも、新しい生命が誕生し、
その赤ん坊を幸せそうに抱き抱える両親の姿がありました。
そして、その赤ん坊の世話を、一生懸命に、嬉しそうに
している元気そうな兄妹たちの姿がありました。

希望を見出すことが難しい状況の中で、その姿は、
とてもとても美しく、輝かしく映りました。

IMG_4824.jpg

そして、今回、最も印象的だった言葉があります。

上に書いたホムス出身の男性のお父さん(63歳)の言葉です。
彼は、爆発のために天井が落ちてきたことで、3回の手術の
果てに最終的に左足の切断をするという経験をしています。

IMG_4806.jpg

そんな彼に、「いま一番ほしいものはなんですか?」という
質問をしたところ、返ってきた言葉は、

「何もない。いまこうして生き残った家族たちと一緒に
 暮らすことができていること、色々な人たちに支援をして
 もらえていること。そのことに、ただ深く感謝している」


というものでした。

僕の友人もそうですが、こうした強い心を持ってたくましく生きる
人たちがいる限り、いつの日かまた素晴らしいシリアは戻ってくる。

そのことを、僕は十分に確信することができた気がします。


正直なところ、色々な情報が大量に入ってきて頭の中はまだ
グチャグチャですが、取り急ぎ、感じたことを書いてみました。

まずはベイルートで友人Nと会えることを祈りたいと思います。

※ シリア難民のためにあなたができることはコチラ

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

東洋経済バナー
東洋経済オンラインでアジア新興国への「留職」で熱くするニッポンを連載中!