Lost in Twitterization

全世界で大旋風を巻き起こしているTwitterですが、
実はいまボクは、その総本山の真下で働いています。

Office

ちと見にくいのですが、3階にあるのがボクのインターン先のOne Economyで、
その上4階にあるのがTwitterのサンフランシスコ本社です。

中を覗こうと4階に行ってみたこともありますが、当然のことながら潜入はできませんでした。
・・・と、残念に思っていたら、どうやら先に内部潜入に成功した日本人がいたようです。
この人の好奇心やら行動力には、どうしてなかなか凄いものがありますね。。。

勝間和代のTwitter米本社訪問記

One Economy Office
↑ほぼ無関係ですが、こちらはボクのインターン先のオフィス


近所のよしみということで、ボクもTwitterやっているのですが、やはり噂通り面白いです。
情報感度の高い人たちの間で交わされる生の議論がリアルタイムで聞けたり、
最新の情報が最小限の労力で気軽にシェアできるというのは、今までになかったことです。

僕のtwitterアカウント(あまりつぶやいていませんが、フォロー歓迎です)

ただ、少し気になっていることもあります。

Twitterによって、「いつでも」「誰でも」「簡単に」リアルタイムの情報のやりとりが
できるようになってきているのは大変素晴らしいことなのですが、一方で、
情報の質や深さに対して、なかなか注意が向かなくなってくような気もしています。

Twitterが流行り続け、より多くの140文字以内の情報が消費されるようになっていけば、
次第に、140字を超える情報は冗長だと判断されるようになっていくのではないでしょうか。
そうなれば、より加速度的に、140字の情報が大量生産・大量消費されていくことでしょう。

その情報の絶対数の増大によって得るものも大きいと思いますが、逆に、
情報の単純化によって失われるものも、同じくらい大きいのではないかとボクは感じています。

Twitter

そして、このTwitterization(=情報のTwitter化)とでも呼ぶべき現象は、
NPO/NGOの世界でも見られるように思います。

・Volvicの1Lfor10Lプログラム
・Table For Twoの20円で世界の飽食と飢餓を解決する仕組み
・Room to ReadのBeers for Booksイベント

これらはどれも昨今のNPO/NGO業界で話題になっている取り組みですが、
その共通項は、どれも「誰の目にも分かりやすい簡単で単純な仕組み」ということです。

それぞれ、支援者を巻き込んでいく視点を大事にしなければならない
NPO/NGOや国際機関が考えだした、秀逸で素晴らしいアイデアだと思います。

ただ、この分かりやすさを求める風潮にも、次のようなリスクがあるのではないかと思います。

①目に見えにくい活動に対する世の中の関心の低下

例えば、ボクがとても応援している国際協力NGOに、
スーダンの無医村で医療活動をしているロシナンテスという団体がありますが、
この団体の活動の素晴らしさを、パッと言葉で表すのは非常に難しいです。

ボクはロシナンテスの掲げる理念の深い部分に強く共鳴するので応援しているのですが、
これはなかなか、ちょっと説明しただけで伝わったりするものではありません。
また、活動の成果についても、資材調達が難しく、不確定要素も多い地域では、
単純に「xx円でスーダンに○○が届きます」といった形で活動成果を示すことが困難です。
地道で長期的な活動であり、まさに「心で感じる」ような活動なのです。

こういった団体の良さを、単純化された情報の中で分かりやすく伝えるのは至難の業です。
もちろん、ボクのような一部のマニアックなファンはずっと応援し続けるでしょうが、
今後世の中全体が「目に見えにくい成果を求める」活動を支援していけるのか、少し不安です。

②NPO/NGO側の、説明責任を果たすインセンティブの低下

NPO/NGOの内側にも、誰もに分かりやすい部分の活動に
特化することを求められることのリスクはあると思います。

よくあることですが、活動資金となる寄付をする側にとっては、
ある団体が建てた学校の数やそこで学んだ生徒の数が重要であり、
「どれくらいの生徒が退学せずに卒業できたか」「教育のレベルは高いのか」といった
細かい点まではあまり気にしていないということが多いようです。

そうなった際に、NPO/NGOが高い職業倫理を持って質の高い活動を続けられるか、
これは非常に難しい問題だと思います。ともすれば、資金調達の難しさがゆえに、
支援者受けしやすい活動に特化する、などといったことが起こる危険性もあります。

これは、大変難しい問題だと思います。



以上、ここまで自由気ままに書いてきて、この記事の文字数は1,400文字。
どう考えても、Twitterでこの想いは伝えられません。

ここまで辛抱強く読んでくださった方、ありがとうございます!
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Comment

おっす、ひさしぶり!mixiから来たよ。やっぱりダイチの発想と着眼点は、いろんな刺激を受けるよ。その中でも、「?目に見えにくい活動に対する世の中の関心の低下」は俺も同感。こういう活動の見えにくさを、共感した俺たちがいろんなところで広報していくことが必要じゃないかなと思う。またちょくちょく見に来ます!俺もそろそろBLOGを始めようかと画策中。
  • 2009/11/16 09:08
  • kota
  • URL
タイトルがいやらしいな〜えろい。

入院して、所謂今的な意味での情報(テレビとかネットとか新聞とか)から隔離されるのもええなーーと思った。
そういうインプットがへることで、なぜだか、自分の受信機的な機能が感度良好になる。
>こーた
コメントさんくす。協力隊のときも感じたけど、派手な活動よりも地味で目立たない活動のほうが、現地のひとに感謝されたりしたもんなぁ。ブログ、楽しみにしてます!

>各務さん
自己満足のつもりでしたが、タイトルのエロさに気づくとはさすが各務さん。最近Economistを読むことが多く、言葉遊びの妙に挑戦してみたかったのです。ちなみに、タイトルはソフィア・コッポラの「Lost in Translation」にかけてます。って、説明しちゃったらカッコ悪いんすけどね…
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