「考える力」の時代から「感じる力」の時代へ

久々に海外出張に来ている。今回はインドネシアとシンガポール。

ここのところ日本で留守番係を務めることが多かったけれど、
やっぱり海外に出るのは刺激的で、思考も深まるような気がする。


さて、僕たちクロスフィールズというNPOでは、セクターを超えた
協働を生み出すために、様々な領域(Field)の橋渡し(Cross)を
するための活動をメインの事業として行ってきている。

なかでも僕たちが注力しているのは、民間企業を中心とした
ビジネスの世界と、NPOが活動するソーシャルセクターとを繋ぐことだ。

そんな活動を約5年間にわたってやり続けてきて、セクターを超えて
協働する上でなにが大事なのかが最近少し分かってきた気がするので、
備忘録も兼ねて、考えたことをここに簡単に書いておこうと思う。


クロスセクターでの対話を成立させるために重要なのは、
「Common Interest」を見つけ出すという作業だ。

まずお互いの主張を理解した上で、自分の主張を続けるだけでなく、
相手が何を望んでいるかという先方にとってのメリットを考えていく。
その過程で双方にとって共通のメリット(Common Interest)が次第に
導き出され、そこをベースとしてWIN-WINの協働が始まっていくのだ。

でも、これがなかなか難しい。特に民間企業とNPOとの対話の場合、
「Common Interest」を見つけていくのは至難の業だ。

企業にとってのInterestは、経済的な価値をどれだけ生めるかだ。
一方、NPOにとっては社会課題の解決こそがInterestなのである。

ただ、この両者は交わらないかというと、決してそんなことはない。

マイケル・ポーター教授が提唱するShared Valueの考え方にあるように、
「経済的価値と社会的価値の両方をつくること」が企業の競争力を
高めるという時代が来ている。またNPOにとっても、経済活動を
いたずらに批判するのではなく、むしろ企業と上手く協調することで
より効果的に課題を解決しようという考え方が主流になっている。


それでも、どっこい現実はそんなに甘くない。

ここのところ企業の経営幹部の方々とNPOのリーダーとが対話を
する機会をつくったりしているのだけれど、そこでの会話を聞いていると、
お互いが話している言葉だったり、それぞれの価値観があまりにも
異なっていることに直面し、なんというか絶望的な気持ちになってしまう。

先日実施した、ある日本企業の経営幹部の方とインドネシアで
活動するNPOのリーダーの方との対話を、ごく簡単に紹介したい。

(日本企業の経営幹部)
あなたがなぜそんな金にならないことをやっているのか理解できない。
お金がなければ経済だって社会だって成り立たないし、お金こそが
人間を動かすパワーの源のはずだ。お金は欲しくないのか?


(インドネシアNPOリーダー)
いや、お金のためにやってるんではない。社会のために自分ができる
ことをしているだけだ。


(日本企業の経営幹部)
あなたの人生のゴールは一体何なんだ?実はどこかでこの経験を
使って財産を稼ぎたいとか、もしくは政治家になりたいというような
野心があるんじゃないのか?将来は何を狙っているか教えてほしい。


(インドネシアNPOリーダー)
質問の意味が分からない。僕はお金も要らないし、名誉もいらない。
人生のゴールは、いまやっている活動を続けていくことだ。



実はこの対話を聞いていて、僕はかなり感動もした。お互いに理解が
できなければ途中で曖昧にして流してしまうのが普通なところ、
この経営幹部の方は、なんとか相手のことを理解しようとして、
自分の頭で考えに考え、諦めずに真摯に質問を続けてくれたからだ。

ただ一方で、どれだけ考えて向き合ってもらっても、これ以上は
深まらない溝があることは明らかだった。いくらこの対話を続けても
Common Interestは見つからないと、僕は直感的に思ったのだ。

なぜか。

頭でいくら考えても、きっとダメなんだと思う。
頭で考えるのではなく、心で感じなければ、先に進めないのだ。

NPOのリーダーが何を大事にして生きているかということは、
ビジネスの世界の価値観で考えていても、絶対に理解できない。
会社員から一人の人間に戻って、心で感じる必要がある。

目の前にいる人が、なぜ人生を賭けてまでこの活動をしていて、
どんな世界を創りだそうとしているのか。そして、この人が
創り出したい世界に自分や自分の子どもたちが住んでいたら、
どれだけ素晴らしいのか。また、そのことを想像したときに、
いったい自分の心はどのように反応するのか…

そんな風に心を動かすことのできる感性を持っているかどうか。
目の前にいる人の想いや情熱に対して共感する力があるかどうか。

頭をぐるぐると動かす前に、立ち止まって、目を閉じて、自分の心が
どんな風に動くのかを考える。そして、もう一度、頭を動かしてみる。

実はこんなことを心がけるだけで、セクターを超えた協働というものは
次々と生まれていくものなんじゃないかと、最近思っている。


なんだか大したことないことをダラダラと書いてしまったけど、
久々に海外で色んなことを考えたので、せっかくなので書いてみた。

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関係ないけど、写真はマーライオン。今回、20年以上ぶりの再会でした。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

戦後70年、平和を願って「頭」と「心」を動かし続けたい

おそらく多くの人がそうだったように、70回目の終戦記念日を
迎えるにあたって、色々なことを考えさせられる機会があった。

国際協力分野のNPO法人の経営に携わる立場の人間として、
いま行われている平和や戦争についての議論に対して
「君はどういう意見なんだ?どの立場を表明するのか?」
ということを問われる機会も、今年はすごく多かった。

非常に重要であると同時に、絶対的な答えなど存在しない議論に
対し、正直に言ってしまうと、僕は明確な意思表明をできずにいる。
政治的なスタンスを明確に取ることに慣れていないという未熟な
面もあるかもしれないし、あるいは、NPO法人の経営に携わって
いる自分の立場が、それを難しくしているのかもしれない。

ただ、周囲の多くの人が明確な意見を表明したり、この議論に
対して向き合っている姿を見させてもらって、僕自身も、
この議論は難しいからと言って目を背けるのではなく、
当事者意識を持って正面から向き合う姿勢だけは取って
いかなければいけないと、今日この日に、決意を新たにした。


様々な情報や意見に触れ、思考停止にはならずに、自分自身の
「頭」を使って、何が正しいと自分は判断し、自分はどんな
意見を持つのかを考えることを、やめないようにしていきたい。

また同時に、いましか聞くことのできない日本の戦争体験者の
方の声を聞いたり、僕の第二の故郷であるシリアで起きている
紛争の当事者のことを想像し、「心」で感じることも大事にしたい。

「頭」だけを使って理論武装をするだけでは、何かが足りない。
ただ、「心」だけを使って感情論に走って思考停止になっても
何も始まらない。僕は、「頭」と「心」の両方を動かし続けたい。

だから何だという感じではあるけれど、70回目の終戦記念日に、
そのことをこの場で宣言したいと思う。


さて、僕が今年こんなことを考える大きなきっかけの1つは、
ボランティアとして参加しているシリア支援団体サダーカの活動だ。

サダーカでは、「戦後70年を迎える日本」に暮らす人に対して、
「紛争が続いて4年が経ち、いまだ"戦後"を迎えられないシリア」
現状を伝える活動を、今年も終戦記念日に合わせて行ってきた。

8月9日には、「シリアと世界の平和を考えるシンポジウム」を開催し、
約200人の参加者とともに、シリアを取り巻く現状について知った上で、
自分たちにはいったい何ができるのかについて考えていった。
(シンポジウムについての詳しい情報はこちらからご覧下さい)

そして今日の終戦記念日には、いまも戦火のシリアで暮らす
あるシリア人女性から受け取ったメッセージを60秒の動画にして、
その動画を少しでも多くの人に観てもらうための活動を行った。



70年前の日本の戦争について考えると同時に、
シリアでいままさに起きている紛争の現状についても
想いを巡らせて、少しでも多くの人が「頭」と「心」を
動かしていくお手伝いが、微力でもできたらと思う。


最後に、お願いです。

終戦記念日はあと残りわずかだけど、この記事を読んで
何かを感じたという人が(もしも)いたら、上の動画を
拡散するという小さなアクションを取ってもらえないでしょうか。

上のYouTubeのリンクを拡散して頂くか、Facebookであれば、
以下のリンクを開いて、投稿を拡散してもらえたら嬉しいです。

https://www.facebook.com/sadaqasyria.jp/videos/698078596959788/

長々と、失礼しました。
それでは、シリアと日本、そして世界の平和を心から願って…

2015年8月15日

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。