「同じ景色を見る」という距離の縮め方

単なる独り言でしかないけど、
ちょっと気付いたことがあったので、メモ程度に。

よく、人と話をする時には、向い合って座るよりも、
隣り合って座った方が相手と意気投合しやすいと耳にする。
自分もけっこうこのことはすごく意識をしていて、
両方の座り方が選べる時には、だいたい隣り合うようにする。

この座り方によって、驚くほどに会話の熱が変わってくる。
やっぱり横に座っていると、すごく会話が弾むものだ。

この理由、一般的には、物理的な距離が近くなることで、
心理的な距離感もグッと狭まるためだと言われている。

まぁ、きっとそうなんだと思う。
でも僕は、もう1つ理由があるように思う。

向き合って座っていると、見ているのは基本的に相手の顔だ。
つまり、お互いが見ているものは異なっている。

一方で、横並びで座っていると、二人の人間は
互いの顔を見る代わりに、同じ景色を見ることになる。

この「同じ景色を見る」のが、実はポイントじゃなかろうか。

僕はここのところ事業のVISIONなるものを語ることで
生きているのだけど、そんな自分のような人間にとっても、
自分なんか見てもらうよりも、僕が見ている「理想の世界像」を
一緒に見てもらった方が、数百倍も嬉しい訳である。

…というわけで、僕はこれからも飲み屋ではカウンター派でいこうと思う。
あぁ、企業の営業でも、たまには横並びでやらしてくれないかなぁ。。。
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千里の道も一歩から

この1週間で、少しずつではあるけれど、
事業が前に進んだなぁと感じる出来事がいくつかあった。

本当に本当に世の中の誰も気づかないような小さな一歩だし、
しかも、自分が意図していたような理想的な一歩の踏み出し方でも
なかったけれど、それでもどっこい、一歩は一歩だ。

いまの事業に100%の時間を使うようになって約1年、
これまでずっとスタートラインで「位置について」の姿勢を
取り続けてきたわけだけど、そこからほんの少しだけ脱した感じ。

もちろん、またスタートラインに戻っちゃう可能性だってあるけど、
それでもやっぱり、こうして会社っていう看板を外しても
誰かに何かをお願いされることは、ただただ、とてつもなく嬉しい。

ここからが、本番です。

この大事な最初の一歩の感覚を噛み締めながら、
どこまでもどこまでも、前を向いて進んで行こうと思う。

浪漫飛行

関係各位には大変ご迷惑をおかけしたが、皆さんのご理解・ご協力を頂き、
先週は、月曜に他界した友人のために多くの時間を使うことができた。


それにしても、今回のことを経て、やっぱり彼はただ者ではないと思い知らされた。

結婚式でもないのに、「ほんと、いい式だったな」と多くの参列者に言わせてしまうのは、
きっとこの友人にしかできない芸当なんじゃないかなぁと、ほんとに思う。

告別式が終わってから、親族・友人の控え室。誰からともなく、こんな話が始まった。


「それにしても、あいつがいなくなるなんて、どうも信じられないね」

「たしかにそうだな。そうだ、留学にでも行ったことにしようぜ」

「おぉ、それはありだな。そーしよう」

「でも、待てよ。それだと、メールの返事とか来ないと変じゃない」

「うーん、それじゃ宇宙に行ったってのはどう思う?」

「そーしよう。どっかの星にでもいることにしようぜ」

「いや、星だと沢山あって分かりにくいよ。月が分かりやすくていいって」

「いいねぇ。それじゃ、あいつは今日から月に行ったってことで!」

「よし、いつかみんなで月に旅行に行こう!」


ほんと、小学生なんじゃないかって感じの話のレベル。

でも、この手の話、亡くなった友人は間違いなく大好きで、みんな、
友人がこの話を聞いて喜んでる顔を思い浮かべながら思い切り笑ってた。


彼が乗った霊柩車を会場から送り出すとき。

参列者全員で米米CLUBの『浪漫飛行』を大合唱して、思いっきりバンザイした。


 逢いたいと思うことが 何よりも大切だよ
 苦しさの裏側にあることに 眼を向けて

 夢をみてよどんな時でも 
 全てはそこから 始まるはずさ

 君と出逢ってから いくつもの夜を語り明かした
 はちきれるほど My Dream

 トランク一つだけで浪漫飛行へ In The Sky
 飛びまわれこの My Heart

 Wow Wow Uh Wow Wow Wow Wow
 Wow Wow Uh Wow Wow Wow Wow





体育会系の参列者が多かったこともあって、最後のWow Wowのところは
リズムが崩れてグダグダだったけど、それも含めて彼の式らしくて最高だった。

きっと、月を目指しながら、ニヤニヤ笑ってたに違いない。

ほんと、いい式でしたよ。

さすがです。

ありがとう、さようなら

僕が最も尊敬していた人物の一人が、この世界からいなくなった。
2年以上に渡る壮絶な闘病生活の末、彼は12月5日に31歳の若さで息を引き取った。


以下、すごく身勝手な文章ではあるけれど、
心から敬愛する彼との思い出を書かせてもらいます。

彼が僕のことをどういう風に思っていたのかは分からないけれど、
僕にとって彼は、本当に本当に大きな存在の人でした。


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彼と出会ったのは今からちょうど10年前で、ラクロスという
スポーツを通じて、大学は違えど、先輩と後輩のような関係になった。

その後しばらくは連絡を取っていなかったが、何の因果か、
僕が彼が起業した会社のサービスを利用したことがきっかけとなり、
そこからまた、頻繁に会って色々な話をするようになった。

彼の起業した会社と僕の勤務先がたまたま同じ駅だったこともあって、
僕がサラリーマンをしていた頃には、毎週月曜の朝7時から
2人でコーヒーを飲みながら妄想をするという会をやっていたりした。

年齢も違うし、あまりキャラクター的にも似ていないと思うのだが、
不思議なもので、二人で話していると互いに脳みそが刺激されて、
色々な面白いアイデアが沸き上がってくるのがとても気持ちよかった。

いま思えば、この時期に彼と話している時に出てきた沢山の
アイデアの1つが、僕が今年立ち上げた事業の原型となるものだった。


彼が癌だと知ったのは、僕が会社の研修でアメリカにいた時だった。
「絶対に助からないような状態だったが、なんとか一命を取り留めた」
という連絡を受けて、大きなショックを受けるのと同時に、
「この人は、この困難を乗り越えて、スゴいことを成し遂げる運命だ」
と確信したことを、今も鮮明に覚えている。


僕の確信した通り、彼の容態はどんどんと回復し、僕が帰国する頃には、
一緒にコーヒーを飲みに行ったり、公園を散歩できるくらいに回復していた。
公園を散歩しながら、「元気にになったらこんなことやりたいねん」と、
無尽蔵に出てくる沢山のアイデアを聞かせてもらい、とても盛り上がった。

それから、この時期、彼には不思議なくらいに色々な人を紹介してもらった。

とてつもなく人に慕われる彼の回りには、いつも本当に素敵な人たちが
集まっている。そうした人たちを、彼は一人ひとり僕に紹介してくれた。
そして、そうした人たちは皆、いま僕にとって大事な友人たちの一人だ。

去年の冬、僕がいよいよ起業するかどうかで悩み始めたとき、
あーでもないこーでもないと一緒に考えてくれたのも、彼だった。
そして、会う度に決まって「大地なら絶対うまくやれるでー」と、
彼ならではの少しゆるーい感じで、いつも勇気づけてくれた。


彼の癌が再発したと聞いたのは、彼とその仲間たちと一緒に
代々木にあるバーで最高に楽しい夜を過ごさせてもらった翌日だった。

ずっと希望を持ち続けて1年以上に渡ってつらい治療をしてきた彼が
再発を知ったときの彼の心境を考えると、胸が張り裂けそうな思いだった。
僕もすごく動揺したけれど、その結果として、僕の気持ちは起業で固まった。
「彼の分までやりたいことを思い切りやってみせる」という気持ちが、
僕の背中をゆっくりとゆっくりと、押してくれたように思う。


その後も、僕が病院にお見舞いに行く度に、病状なんかはそっちのけで、
僕の事業の話ばかりしてくれて、「この人とあったらええ」とか
「この本読んだら参考になるで」とか、色々なアドバイスをしてくれた。

そして、お見舞いに行ったり、励ましのメールを送ったりする度に、
「大地がワクワクしてる時の顔を見ると、なんか幸せな気分になる」
という、なんとも温かい言葉をくれるのだった。


彼から僕が学んだことは数えきれないほどあるけれど、
すごくシンプルに言うなら、「ワクワクする方向に進め」ということと、
「信頼しあえる仲間たちといつも一緒にいろ」ということだと思う。

僕はもともと目的主義的で、すぐに「べき」論を言うような人間だった。
でも、彼が自然体で楽しそうに生きているのを見て、「ああ、こういう風に
肩の力を抜いて自分がワクワクすることをすればいいんだ」と思えるようになった。

それから、仲間と一緒にすごす時間の大切さを教えてくれたのも彼だった。
彼はよく「無用の用」と言っていたが、面白い発想やアイデアというのは、
用事がないのに一緒にいる瞬間とかに浮かんでくるものだし、そもそも、
そうやって仲間と一緒にボケーッとしてること自体が、最高に幸せたと教わった。


本当に本当に、彼からはたくさんの大事なことを教わった。

彼がいなくなってしまうことは大変に悔しいことだけど、
きっと、後ろばかり向いていたら、彼にも怒られてしまうと思う。

亡くなる5日前、おそらく彼がもっとも痛みで苦しんでいた時に
送ってくれたメールが、彼から僕への最後のメッセージとなった。

「大地が楽しそうに仕事をしている姿を夢想すると元気がでるよ。
 事業をワクワクするものに育ててあげて!ファイト!」

この言葉、一生の宝物にします。


どうもありがとうございます。

また会う日まで、さようなら。


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きっと、彼から大きな影響を受けた人間というのは、僕を含め、
信じられないくらい沢山いるんだろうな、と思います。
それだけで、人間として、大変あっぱれなことだと心から思います。

僕はそうして彼から影響を受けた多くの人間の一人でしかないわけだれど、
せめてものお礼として、彼との思い出と、彼から教わったことを、
身勝手ではあるけれど、こうして書かせてもらいました。
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