【講演会のお知らせ】6月4日(土)ロシナンテス東京講演会

僕が日頃から応援しているNPO法人ロシナンテスの川原代表が東京で講演会を行います。

川原さんは今回の震災に際しても被災地に入って活動を行っており、
おそらくこれまでの講演会とは全く違った話をしてくださるのではないかと思います。
関心のある方は、ご友人・ご家族もお誘い合わせのうえ、ぜひ!


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ロシナンテス東京講演会
「スーダン・東日本大震災 ー光を求め続けてー」
6月4日(土)13:00開演
武田先端知ビル・武田ホール@東京大学浅野キャンパス

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6月4日(土)に、アフリカ・スーダン、及び宮城県名取市・岩沼市で活動する、NPO法人ロシナンテス代表理事 川原尚行の東京講演会を開催いたします。外務省の医務官として赴任したスーダン、続く内戦で厳しい生活をしいられる人々を見て、医師として何かできないかと外務省を退職し、NPO法人ロシナンテスを設立、家族を日本に残して、スーダンでNGOとして活動を始めました。その活動は医療にとどまらず、現在では、学校・教育事業、水・衛生事業、交流事業、スポーツ事業と幅広い分野にわたって総合的に取り組んでいます。

また、本年3月11日の東日本大震災に際し偶然東京に一時帰国していた川原は、そのまま被災地に向かい、名取市・岩沼市において医療支援活動を開始しました。医療活動は地元の医療機関に引き継ぎましたが、被災民の依頼もあり、仮設住宅内の健康管理を行っています。また、子供たちをの勉強を補助やスポーツ活動などを行う寺小屋事業、そして造園業者と協同してのガレキ撤去、ドロ除去などの支援活動を行っています。

その精力的な活動は、日本の多くのメディアにも取り上げられてきました。最近では、日本テレビ「行列のできる法律相談所」や「深イイ話」で、ロシナンテスと川原尚行の活動が1時間の特集で紹介されました。今回の東京講演会では、スーダン・東北でのロシナンテスの最近の取り組みや、川原尚行がスーダン・および東北での暮らしで見つけた、苦境の中の人々の輝きに焦点をあてて、「スーダン・東日本大震災 ー光を求め続けてー」というテーマのもとお話しします。

●時間:6月4日(土)13:00開演 (受付 12:30より)
 ※13時には講演会が開始しますので、お時間に余裕を持って会場へお越し下さい。

●会場:武田先端知ビル・武田ホール(東京大学浅野キャンパス)
東京メトロ千代田線 根津駅下車(1番出口)徒歩5分
東京メトロ南北線 東大前駅下車(1番出口)徒歩10分
http://www.vdec.u-tokyo.ac.jp/Guide/access.html

●参加費:無料

●定員:339名

●プログラム
12:30 受付開始
13:00 開会
13:05 講演:「スーダン・東日本大震災 ー光を求め続けてー」
14:30 閉会

●●●お申し込み●●●
https://ss1.coressl.jp/kokucheese.com/event/entry/11891/
(お申込フォームより送信してください)

*本講演会は事前にお申込が必要となります。
定員になり次第、お申込を締め切らせて頂きますのでお早めにお申込ください。

【プロフィール】

■川原尚行(NPO法人ロシナンテス・代表理事)
1965年福岡県北九州市に生まれる。
高校、大学時代はラグビーに没頭し、主将を務める。
医学の道を志し、九州大学医学部へ進学。
1998年外務省入省、在タンザニア日本国大使館医務官として赴任。
2002年在スーダン日本国大使館へ医務官として赴任し
スーダンの現状を目の当たりにする。
2005年1月外務省退職を決意し、同年4月よりスーダンにて医療活動を開始。
2007年にはスーダン ガダーレフ州シェリフ・ハサバッラ村に診療所を開設。
2010年3月より、宮城県名取市・岩沼市にて、医療支援・瓦礫撤去作業を開始。
現在はスーダンと宮城県を往復し、両地域の復興に向けて尽力している。

NPO法人ロシナンテス
http://www.rocinantes.org/


[お問い合わせ]
東京大学国際交流機構(UT-IRIS) 担当:宮内
y.miyauchi@ut-iris.org
http://ut-iris.org/

退職と起業

かなり時間が経ってしまいましたが、今から約2か月前、
僕は3年間働いた戦略コンサルティングファームを退社しました。
(報告が2カ月間遅れた理由は、また別途書こうと思います)

退社の理由は、独立起業。

「もっと今の会社に成長のチャンスはあるぞ」
「いきなり起業なんかせず、事業会社で経験を積んだ方がいい」

色々な方々が親身になってアドバイスをして下さったけれど、
最終的には、これからは自分がいま最も情熱を注ぎたいことに時間と
パワーを割く生き方をしたいと思って、この決断をしました。


じゃ、何にそんなにまで情熱を注ぎたいのか。


これ、なかなか言語化するのは難しいのですが、おそらく、
僕が今まで歩んできたヘンテコなキャリアの中で
感じてきた違和感みたいなものが、根底にあるんだと思います。

大学を卒業後、僕は何を思ったのか、他の友人とは全く違う進路、
青年海外協力隊への参加を選びました。ただただ、日本とは全く違う
異文化の中で生活・仕事をしたかったからです。ミーハーな動機です。

でも、結果として、そこで色々なことを知ることができました。

地球上には本当にたくさんの問題があり、そして、その問題を解決するために
色々な人たちが一生懸命働いているということ。でも、なぜか国際協力の
世界はとても閉ざされていて、何かしらの見えない壁にぶちあたっている
ように見えたんです。当時学生に毛が生えた程度だった自分ですら、
戦略とか効率の面で、沢山の改善点が山積みになっていると思いました。

そして、たまたま現地のNPOに来ていたドイツ人の経営コンサルタントと
仕事をしたのをキッカケに、ビジネスの世界とソーシャルな世界を繋いだら、
きっと世の中はもっと良くなっていくんじゃないかと思うようになりました。

で、帰国してみると、嬉しいことに、日本には国際協力や社会貢献に興味を
持っている人たちが身の回りに溢れていました。ちょうど「社会起業家」という
言葉もブームになって、ソーシャルな領域に興味を持つ人が増えていたんです。

でも、いざ就職というとき、そうした仲間たちが自分たちの情熱を形に変えたか
というと、そんなことはありませんでした。色々な問題意識を持っている人たちも、
「まずは修行を積もう」とか「大きな組織でしかできないことがある」とかって、
そのときの情熱を一度胸にしまって、就職をしていきました。僕もその1人です。

それからだいぶ時間が経って、いま、自分や周囲の仲間たちがどうなっているか。
正直、情熱や想いを体現しながら働いているかといえば、あまり確信を持てずに
働いている人が大半なんじゃないかと、思っています。

もちろん、そうやって働いている人たちを否定しているわけでは全くないけれど、
せっかく胸に秘めている情熱も、形にならない期間があまりにも長くなりすぎたら
いつか消えてしまうんじゃないかって、そんな風に、不安に思ったんです。

さらに、そのことは、せっかく修行を積んだ人材が入ってくるはずだった社会貢献の
業界にとって、相当大きな機会損失になってしまうのではと、僕は思ったんです。

だからこそ、今このタイミングで、この2つの世界の橋渡しをしてみたいと思いました。


詳しいビジネスモデルはまた書くとして、僕がやっていく事業は、日本の企業や行政で
働く人たちに対して、領域の枠を超えて、主に新興国のNPOやNGOで一定期間働くという
機会を提供するというサービスです。

人生観を変えるような強烈な原体験による成長が、
その人だけでなく、日本を元気にしていくと、心の底から僕は信じています。

当然、この事業が上手くいく保証はどこにもありません。この間相談をした方にも、
「お前は垂直な崖を登ろうとしてるようなもんだ」と全力で止められました。

正直、とても怖いです。

でも、自分自身が情熱をカタチに変える生き方を体現することで、
少しでも日本社会で情熱を胸に秘めている人たちを鼓舞したいとも思っています。


というわけで、きっと色々な人に迷惑をかけることになるとは思うけれど、
とにかく自分の思い描く未来のビジョンを信じて、全力で進んでいくつもりです。

どうぞ、これからも応援をよろしくお願いします!