戦火のシリアに暮らす「第2の家族」との7年ぶりの再会

3泊4日のレバノンでの滞在を終え、いまは日本へと向かう飛行機のなかにいる。前回の記事でも書かせてもらったけれど、今回の訪問の目的は、シリアに住む「第2の家族」とも呼べる友人Nと7年ぶりに会って話をすることだった。

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↑レバノンを訪れるのは今回が3回目だけど、いつ来ても本当に美しい街だ


そして、色々な方からのサポートがあり、今回、無事に友人との念願の再会を果たすことができた。なんと運良く初日から合流することができ、幸せなことに、丸3日間、一緒に時間を過ごしてくることができた。

本当に、友人Nはよく来てくれたと思う。彼はいくつかの検問をくぐり抜け、国境を超えてレバノンまで訪ねてくれた。正直なところ、彼が来る確率は1-2割くらいだと思っていたので、こうして再会が実現したことは本当に嬉しかった。「いま向かっているよ」というメールが届いたときには、僕の心臓は思い切り高鳴り、久々に、自然と涙が出てきた。

再会の直前、この数年間待ち望んでいた瞬間の実現に、僕の気持ちは高ぶりきっていた。でも、いざ会ってみると、それは意外なほどにあっけないものだった。抱き合って二人で号泣するのかなと妄想していたけれど、最初に会ったときも、さっきまた別れを告げたときにも、特に涙もなかった。7年ぶりに時間を過ごしているとは思えない、ごく自然な再会になった。

この3日間、僕らはただただ一緒に過ごした。朝飯から晩飯まで一緒にメシを食べ、僕の泊まっていたホテルのダブルベッドに一緒に寝た(本当に来ると思ってなかったことがここで友人Nにもバレた)。首都ベイルートの街をブラブラと散策したり、近郊の街まで小旅行をしたりしながら、バカ話も含めて、沢山の話をした。

12年前に僕が青年海外協力隊としてシリアで過ごしていた時と同じような空気が、そこには流れていた。違ったのは、お互いに少し歳をとったことと、僕のアラビア語が相当に劣化していたことくらいだ。感覚としては、久々に実家に里帰りをして両親と時間を過ごしたような、そんな気分だ。なんだか拍子抜けするくらいに、穏やかな時間だった。


こうして丸3日間を彼と過ごしてみて思うのは、やはり今回思い切ってレバノンに来て良かったということだ。

いまから3年ほど前から、僕は友人Nに対して国際送金で仕送りを続けてきた。このサポートは必要なことではあったものの、一体そのことが彼とその家族にどんな影響を与えていて、僕たちの友人関係にどんな影響を及ぼしているのか、正直、とても不安だった。

でも、今回彼と色々な話をしてみて、これまで僕がやってきたことは間違っていなかったと思うことができた。当たり前ではあるのだけど、僕と彼とは「支援者」と「支援される者」である前に、明確に「大切な友人」だった。今回一緒にいても、彼との間に上下関係とか、「支援してあげている」という気持ちとかを感じることは、ただの一度もなかった。そこにあったのは、9000キロというもの凄い距離を隔てながらも築くことができた、人生でも最も大事だと思える唯一無二の友人関係だった。

もちろん、仕送りの話題にもなった。そのときに彼が言ってくれたのは、「本当にいつもありがとう。でも、こんなこともあったわけだから、きっとお互いが死んでからも子どもたちが僕たちの関係のことをずっと語り継ぐことになるだろうね」という言葉だった。

いま友人Nと彼の家族の生活をサポートしているということは、僕の人生のなかでも最も尊い行動をする機会をもらえているということなんだと感じた。純粋にそのことに対する感謝の気持ちで胸がいっぱいになったし、幸せを感じた。そして、今回仕送りをするようになったことで、僕たちの友人としての絆はさらに強固になったことを、胸の奥の方でグッと感じすることができた。

今回直接会って話をしてみて、僕の心の奥に引っかかっていたものがスーッと消えていくかのようだった。

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↑レバノンの首都ベイルートのモスクにて友人Nと。


そして、もう一つ。やはりどうしても書いておきたいことがある。

戦争についてだ。

6年半もの期間を戦火のなかで暮らしてきた友人が僕に繰り返し伝えてくれたのは、「戦争の愚かさ」と「平和への渇望」だった。

6歳になる友人Nの長男は、とても利発で元気な男の子だが、なにか大きな音がすると恐怖に怯えてしまう。血相を変えて走り回って、しばらくすると毛布にくるまってしばらく出てこれなくなってしまう。戦闘機が飛んでくる音や爆撃の音を嫌というほど聞いて、大きな音に対して過度な反応をするようになってしまったのだ。

友人Nの親戚の青年は、紛争が起きてすぐに13歳でレバノンに出稼ぎでやって来た。狭い部屋に他のシリア人の若者たちと暮らしながら、週6回の勤務で朝4時から朝9時まで八百屋で働き続けている。そして、生活費も切り詰めながら何とか捻出したお金をシリアに住む家族へと仕送りをしている。帰国すると徴兵されてしまう危険性があり、この間、一度もシリアには帰っていない。シリア人にとって、生まれ故郷や家族と離れて生活をするというのは、最も過酷なことだ。そんな日々が6年半も続いている。

そして、将来に対する不安も大きい。仮に紛争が落ち着いたとしても、シリア国中に広く行き渡っている武器や弾薬をどのように根絶していくかには、全く道筋が立っていない。当然のことだが、武器があれば何かしらの暴力が続いてしまう可能性は高い。このことが、友人Nにとっては将来に向けた最大の心配事なのだそうだ。

「いま、シリアに住むすべての人たちは、紛争の終結を心から願っているんだ」

はじめは「政府寄り」「反体制派寄り」等といったスタンスの違いで、シリア人たちも一枚岩にはなれていなかった。でも、いまは違う。6年半という途方もない期間を戦火のもとで過ごした人々は、もはや戦争というものに対して辟易としているのだ。

「もはや誰がこの国を収めることになってもいい。誰もが、暴力と戦争とに疲れている。このバカげたことを終わらせることだけが、僕たち全員の願いなんだ。2017年を、この戦争の最後の年にしなきゃいけない」

そう語っていたときの、友人Nの珍しいほどの力強い口調を僕は忘れることができない。

+++

前回と今回の、長々とした冗長でナイーブな文章を最後まで読んでくださった方には、感謝しかない。そしてコメントや個別のメッセージをくれた方にも、心から御礼を伝えたい。周りの人たちに少しでも関心を持ってもらえて嬉しかったし、応援してもらえたことは本当に心強かった。また、個別に厳しいことを指摘してくれた友人もいて、そういう声には色々な気づきを頂いた。改めて、こうして行動したり発信することは大事だと感じさせてもらった。

最後に、もしも今回のことでシリアをめぐる情勢に興味を持ってくれた人がいたとしたら、以下も参考にしてもらえたらと思う。(情報を提供してくださった方、本当にありがとうございます!)

1.BS1 国際報道2017 シリア最新情勢~未来の“復興”に向けた支援を~
9/26(火)の夜22時からの上の番組で、シリア最新情勢の特集があります。国連開発計画(UNDP)のシリア事務所の副所長を務めている須崎彰子さんがスタジオ出演するとのこと。現地での最新の生の情報が分かるはずです。

2.青山弘之著 『シリア情勢:終わらない人道危機』(岩波書店、2017年)
中東専門家である東京外国語大学の青山先生の本は、シリア情勢を包括的に理解する上ですごく参考になります。僕も先生の本は何冊か読んでいますが、どれもとても分かりやすいし、先生のシリアへの愛が伝わってきます。

3.シリアのためにできることリスト
ちょっと古いのですが、3年前に僕がまとめた「日本からシリアのためにできること」のリストになります。何かの参考になったら幸いです。

4.映画 『この世界の片隅に』
完全なる主観ですが、おそらくいまシリアで起きていることと、シリアの人たちの生活というのは、この映画で描かれている戦時中の日本人の姿とすごく近いのではと思います。ちょうどDVD化もされたタイミングなので、この映画をご覧になりながら、シリア情勢や戦争について考えてみてはいかがでしょうか。


明日からは、クロスフィールズの業務に戻ります!
不在中ご迷惑をかけた方々、申し訳ありませんでした。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
   『働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)
    ☆ Amazonランキング キャリアデザイン部門ベストセラー1位を獲得
    ☆ ハーバード・ビジネス・レビュー読者が選ぶベスト経営書2016 年間17位

僕がシリアに住む友人に会いに行く情けない理由

僕はいまこの文章を、レバノンに向かう飛行機のなかで書いている。よくよく考えても、なぜ急遽休みを取ってレバノン目指して飛行機に乗っているのか、自分でも上手いこと説明できる気がしない。というわけで、気持ちを整理するためにも、いま自分が何を考えているかをここに書いておきたい。(情緒的だし、無駄に長文です)

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2011年は日本を未曾有の大震災が襲った年であり、僕が会社を辞めてクロスフィールズを起ち上げた年でもある。そして、シリアにおける紛争が始まった年だった。

あれから6年という時間が流れた。東北地方は落ち着きを取り戻し、もちろん地域によるものの、復興は確実に進んでいるように見える。僕自身もNPO経営者として7年目を迎え、起業家として生きている自分をもはや当たり前だと感じるようになった。プライベートでも二人の子どもが生まれ、家族はいつの間にか2人から4人に増えた。

6年間とは、それだけの変化が起きる長い時間だ。だが、残念ながらシリアではいまも厳しい情勢が続いているし、紛争が集結して平和が訪れる予兆は見られない。シリアに暮らす人たちは、実にその6年間もの長い時間を、絶望的な戦火のなかで暮らし続けている。


僕は2005年からの約2年間を、青年海外協力隊としてシリアで過ごした。最初の1年間は南部のクネイトラという地方の人口2,000人くらいの小さな村で暮らしていた。いつもお世話になっていた家庭は、まさに「第2の家族」と思えるほどの大切な存在になった。特にその家に住む友人Nとはすごく波長が合い、いまも兄弟と呼び合うような間柄だ。

友人Nも僕も結婚したということで、紛争直前だった2010年の暮れには、互いに奥さんを紹介しあおうと、僕は奥さんを連れてシリアを訪ねた。村ではものすごい歓待と祝福を受け、2家族で幸せを分かち合った。友人Nとは「いつか子どもができたら、今度は子どもたちを一緒に遊ばせよう」と約束した。


そんなシリアで紛争が始まったのだから、当然ながら僕は気が気でなかった。でも、日本にいる自分にできることは思いつかず、起業したての忙しさを言い訳にもして、特に何の行動を取ることもなく、ただただ新聞やメディアで情勢を見守るだけの日々を過ごした。ときどき思い出したように友人Nとは電話で連絡を取り合っていたものの、メディアがシリアの報道をしなくなれば、日常生活でシリアについて考える機会も減っていった。

紛争が始まってから3年が経った2014年の春、友人Nから突然「生活が苦しい。助けてほしい」という連絡が入った。これまで一度もそんなことを頼まれたことはなかったので、ただ事ではないことだけは分かった。僕はできる限りのことをしようと思い、思い切って友人Nに会おうとシリアの隣国レバノンへと飛んだ。(その時のブログ記事はコチラ

でも、残念ながら公務員をしていた友人Nは国外に出ることが許されず、再会は叶わなかった。彼の代わりにレバノンに来てくれた友人Nの甥っ子にサポートのお金を託して、僕は日本へと戻った。(その時のブログ記事はコチラ

その後、レバノン宛であれば国際送金ができるということが分かり、悩んだ末に、僕はレバノンに住む友人Nの親戚を通して定期的に生活費の仕送りをすることを決めた。

半年に一度、マイナンバーカードを持って家の近くにあるチケットショップの大黒屋(日本ではWestern Unionの代理店をしている)に行く。そこでお金を支払うと、手数料を引かれた金額がレバノンへと送金される。そして、何人かの友人に助けをもらって、送金情報を友人Nへと伝える。僕がするのはそれだけだ。

そして、お金が無事に友人Nのもとに届くと、彼は僕にお礼の連絡をくれ、WhatsAppやSkypeで互いの近況を伝え合う。その電話では、彼はいつも申し訳なさそうにこんなことを言う。

「いつもごめんよ。この仕送りのおかげで何とか家族の生活を支えることができている。ありがとう。でも、僕はお金をもらえるから連絡を取っているわけじゃ決してないから。ダイチは家族だからこうして電話をしているんだ。そこだけは勘違いしないで欲しい。お金なんかよりも、心配してくれているダイチと話がしたいんだ。」

そして、その言葉に対し、僕も決まって「うん、もちろん分かってるよ」と伝える。

こんなことを、半年に1回くらいのペースで、3年間以上繰り返してきた。はじめは感情的だった会話も、何度も同じことを繰り返していると、だんだんと定型化して味気ないものになってくる(僕のアラビア語の語彙力が年々低下していることも大きな要因なのだけど…)。そして、あまりにも先が見えない状況に、電話で話していても、なんだか気まずさやぎこちなさが残るようになっていった。

僕たちは「友人」だったはずなのに、仕送りをして会話をする度に、僕たちは「支援者」と「支援される者」という関係になってしまっている感じがした。僕はそれが嫌でたまらなかったし、おそらく友人Nも、同じように感じていたんじゃないかと思う。

僕はいつの間にか、あまり感情を込めず、お金を送るという機械的な行為として送金をするようになった。気まずい電話をはぶいて、メールだけでやり取りをすることも増えた。


そして、いまから1ヶ月ほど前。意識的だったのか、無意識的だったのか、僕は約束のタイミングが来たのに送金することを忘れてまった。いや、正確には、何度か送金に行こうとは思ったのだけど、仕事が忙しくて大黒屋に行って送金するという行為すら億劫になってしまい、タイミングを逃してしまったのだ。

すると、友人からは何通ものメールが入っていた。そこには、「本当に恥ずかしいことなのだけど、どうしてもお金が必要なんだ。もし経済的に難しいのであれば、いつもの半額でもよいから送ってほしい。ダイチ、いつもありがとう」と書かれていた。

僕はあわてて送金の手続きを済ませた。でも、なんだか自分の心が空っぽになってしまっているような感覚を覚えた。自分の仕送りがないことが友人Nとその家族に大きな打撃を与えるという事実に、打ちのめされた。そして、自分が「支援者」であるという事実と責任とに向き合ってこなかった自分自身が、とてつもなく情けなくなった。このままでは何かが音を立てて壊れていくような感覚に襲われた。


前回の渡航には、友人Nをサポートするためにお金を届けるという明確な目的があった。でも、国際送金ができることが分かったいま、僕がわざわざレバノンまで行く必要はない。それに、友人Nに会えるのかどうかさえ、全く分からない。「これからレバノンに向かう」という連絡はもらっているものの、彼がまた国境を越えられないという可能性はとても高い。

ただ、たとえ会えなくても、友人Nのいる中東の地に足を踏み入れて、もう一度、「友人」として彼とつながる感覚を持ちたい。

情けないけれど、つまるところはそんな僕のエゴが、今回のレバノン行きの理由なんだと思う。

僕はいま「支援者」だけれど、そのこと以前に「友人」なのだから、彼にどうしても会いたい。その気持ちだけでも、今回のレバノン訪問という行動を通して、全力で彼に伝えられたいと思っている。

さぁ、そろそろレバノンに到着する。
この先一体どんなことが待っているのだろう。。。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
   『働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)
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松下幸之助さんの「働き方改革」を超えるために

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昨日はOne JAPANという団体の1周年記念イベントに参加してきた。

One JAPANとは「挑戦する個を増やす。組織風土を変える。」をミッションに、数十社の大企業の20-30代の有志が集まるネットワークだ。昨日秋葉原で行われたイベントにはなんと800人(!)が集まっていて、「自分たちから企業を変えよう!」という熱気が会場に充満していた。若手のビジネスパーソンたちがいま「企業で働くこと」を変革しようとする意思の現れなんだと思う。

そして、働き方の変革には政府も積極的に動いている。安倍政権の掲げる「働き方改革」の機運は、幸か不幸か電通の事件もあったことで注目度が高まり、取り組みは一気に盛り上がった。最近では「人生100年時代構想の推進」という掛け声もかかり、リンダ・グラットンさんの著書「LIFE SHIFT」の考え方に基づいた新たな動きも始まろうとしている。

若手と政府のそれぞれの動きに触れていて、肌感覚としても何かが起きようとしているという感じがあって、ここ最近は自分自身もすごくワクワクしている。

そんな中、先日、「働き方改革」を先導する経済産業省の官僚の方と意見交換をさせて頂くなかで、ハッとする話を伺った。その方曰く、過去最も革新的な「働き方改革」が断行されたのは、1965年の松下電器による週休2日制の導入なのだという。

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「世界と戦うには生産性を高め、国際競争力を高めなければ」という考えでこの改革を断行した松下幸之助さんは、社員の勤労意欲と組織の生産性を高めることで世界に冠たる組織を築き上げることに成功した。そして、その動きに他の企業と日本社会とが追随したことで、今日は当たり前になっている「週休2日制」が生まれたのだ。

こんな大胆な変革を起こしてしまう決断力に感銘を受けるとともに、そのとき松下幸之助さんが社員に発したメッセージが印象深い。彼は「一日休養・一日教養」というスローガンを打ち出し、単に2日休むのではなく、生み出された時間で仕事のアウトプットを高めよと社員に伝えたのだ。「週休2日にすることで世界に勝とう」という、明確なメッセージだったのだ。

僕はこの話を聞いて大いに感銘を受けるのと同時に、現在進行中の働き方改革に対してはどこか不安を感じざるを得なかった。

というのも、いま周囲の話を聞いていると、「長時間労働の撤廃」「ブラック企業反対」という声や「自由な働き方の実現」といった労働者側の権利の話が中心で、「生産性の向上」という本質の話があまり聞こえてこないからだ。もちろん「労働時間短縮」や「柔軟な働き方の実現」によって生産性は向上するわけで矛盾した話ではないのだが、どうも究極的なゴールが見失われているように感じる。

松下幸之助さんに習えば、大事なのは「限られた時間の中で生産性を高めるために工夫すること」と、「新たにできた時間をちゃんと教養にあてること」の2つだ。この2つが守られない限り、この「平成の働き方改革」は「ゆとり教育」と同じように、後世か大失敗の動きだったと振り返られてしまうのがオチだと僕は思う。


その上で、もう1つ書いておきたいポイントがある。

「働き方改革」が上手く推進すれば、生産性が高まって労働時間が短縮される。これによって、世の中の人たちは「勤務先で働く以外の時間」をより多く享受できるようになるはずだ。気になるのは、こうして新たに生まれる時間が一体どのように使われるのかということだ。

きっと色々な時間の使い方がされるのだと思う。家族と過ごす時間を増やす人もいるだろうし、兼業・副業をする人もいるかもしれない。はたまた、自己研鑽に勤しむ人や、レジャーや余暇のために当てる人もいるだろう。どの考え方も否定されるべきではないものの、僕にはここでも先の松下幸之助さんの言葉が思い出される。忘れてはいけないのは、「教養」のための時間を増やせるかということだろう。

無論、いまの時代を生きる人にとっての「教養」が何かは、しっかりと考える必要がある。以前は勉学や読書のみが教養だと考えられていた向きがあったが、現代においては「視野を広げること」全般が教養だと考えていいと思う。そして、NPOのセクターにいる自分の立場からは、働き方改革で新たに生まれる時間を「社会との接点を増やすこと」に使うことで視野を広げてほしいと強く思う。

世界で最も早いスピードで少子高齢化が進む日本社会において、何よりも大切なのは「最先端の社会課題に対してソリューションを提示していく」ことではないだろうか。だが、残念ながら多くのビジネスパーソンが、目の前の仕事に必死になり過ぎていて、世の中にどのような社会課題があるのかに対して目を向けたり共感したりする余裕を持てていないのが現状だ。社会課題を機会と捉えれば、このことは大きな機会損失だと考えられる。

どんな形でもよいので、ぜひ働き方改革で生まれる新たな時間を、社会との接点を増やすことに使ってほしい。

ボランティアやプロボノとしてNPOの活動に携わったり、保育園や学校でのPTA活動に積極的に取り組むのもいいかもしれない。あるいは、地域のスポーツチームやお祭りの運営に参加して、地域コミュニティとの絆を深めるのもいい。また、家庭で育児や介護に従事するのも、とても直接的な社会との接点だ。

ぜひ普段の仕事とは違う役割を持つことで、社会の中での自分の役割を考えるきっかけにしてほしい。そうすることで、社会課題を一人称で考えることのできる人の数が増えていき、社会課題を解決するソリューションが日本社会から数多く創出されることにつながっていくはずだ。

働き方改革による生産性の向上を社会課題の解決に繋げていくことこそ、松下幸之助さんが唱えた「一日休養・一日教養」の現代版だと僕は考える。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
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これからの世界を変える人材になりたいなら、もっと堂々とHになるべき

クリスマスの夜に書いていてちょっと変なテンションのため、どうでもいい下品なタイトルをつけて記事を書いてみることにする。

さて、こちら元ネタは、ハーバード・ビジネス・レビューの2017年1月号に掲載された「境界を超える"H型人材"が、世界を変えていく」というタイトルの入山章栄先生の論文だ。(「世界標準の経営理論」というタイトルのこの連載は毎回示唆に富むが、個人的には、社会学編に入ってからのここ3回の論文は特に参考になる)

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ストラクチャル・ホールという理論をもとに展開された今回の論文では、以下のようなことが力強く論じられていた。

・日本企業が伝統的に好むのは、1つの分野に精通する"I型人材"だった。日本の人材育成の世界では、それをベースとして、「1つの専門性の軸を深く縦方向に持って、後は多様な知見を持つ」という"T型人材"がこれまで注目されてきた。

・しかし、いま日本で大きな活躍をし始めているのは"T型人材"ではなく、「二本以上の縦軸があり、その間を往復している」"H型人材"である。

・異なる業界を跨って専門性を積み、境界を超えて越境するH型人材の代表例には、WiLの伊佐山元氏(日本の大企業文脈とシリコンバレー人脈をつなぐ)や、ヤフーCSOの安宅和人氏(脳神経科学とビジネスの世界とを行き来)がいる。

・これからの社会を動かす人の多くは、間違いなくH型人材になるだろう。



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↑早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生

僕は入山先生の考えに激しく賛同するのだが、同時に、ここ数年は同じような話を別の角度から色々と聞かされているような気もしている。

たとえば数年前のハーバード・ビジネス・レビューに掲載された「トライセクター・リーダーシップ」という論文。企業・行政・NPOという3つのセクターを行き来する人材がこれからの時代をつくるという話で、これはまさにH型人材の話だった。

また、前回の僕のブログ記事で取り上げたリンダ・グラットンの『LIFE SHIFT』でも、寿命100年時代にはこれまで属していない「多様性に富んだ新しいネットワーク」が重要になると指摘されていたが、この考え方もH型人材に通じるものがある。

もはや時代の流れとして、I型・T型からH型へのシフトというのは、当然のことになっているようにすら感じる。実際、日本でも出向やら副業・兼業が徐々に奨励され始めていることや、プロボノ・留職といった概念が話題になっているのも、この流れなのだと思う。

だが一方で、残念ながらこうした考え方はまだまだ日本では一般化はしておらず、ごく一部での周辺的な動きにすぎない。いまも1つの組織で脇目も振らずに成果を出すことがキャリアの王道だと考えられているし、H型人材になるような動きは、まだまだ敬遠されているように感じる。

では、それはいったいなぜなのか。
僕は単純に、H型人材になることが、周囲からの批判にさらされやすいからなんだと思う。

H型の人間になろうとする活動は、I型やT型の人間からすれば、自組織に対する浮気行為だと見なさがちだ。「自分の専門分野で結果も出してないのに、色々と目移りばかりしちゃってさ」という陰口を叩かれるし、活動が明るみに出ると、「あいつは仕事もしないで、好きなことばかりしやがって・・・」といった批判が飛び交うことになる。

伊佐山さんや安宅さんのような圧倒的な結果を出した人であれば別だが、そうなる過程では、目立てば目立つだけ妬みや批判の対象になるわけだ。まさに、「出る杭は打たれる」状況だ。周りを気にせず我が道を行くタイプであったり、周囲の批判があっても跳ね除けるような胆力がないと、なかなかH型人材を志向できない。普通は、やっぱり批判されるのが怖くなってしまう。

そんな中、僕の友人に、大企業のなかでこうした活動の旗振りを狂ったように続けているH型人材の男がいる。

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彼の名は、濱松誠(はままつ・まこと)、通称マック。パナソニックに勤める僕と同い年の34歳だ。いま東京のベンチャー企業に出向中の彼は、5年ほど前に社内の若手有志ネットワークであるOne Panasonicを起ち上げ、ボトムアップで会社を変えようと、パナソニックに社外との接点を積極的に創るなど、様々な動きを仕掛けている。

この動きは日本中に広がりそうした日本全国の社内ネットワークをつなぐOne JAPANという団体も、彼が中心になる形で今年起ち上がった。最近ではメディアも彼の展開する活動には大いに関心を寄せていて、彼自身も先日の日経ビジネスの「次代を創る100人」に選ばれるなど、注目度が一気に高まっている。

あまり内実は良く知らないけれど、これだけ社外で目立てば、当然、社内での妬みや批判も沢山あるんだと思う。僕の周りにも、「One JAPANとかってのができて注目されてるけど、なにをやりたいのか意味分からん」という声をチラホラ耳にするし、出る杭を叩こうとする動きが、盛り上がり始めているんじゃないかと思う。

ただ、きっと彼自身もそうした声があることは百も承知だし、それも分かった上で、あえて自分の役目として目立とうとしているんだと思う。この勇気は相当なものだと思うし、実際、僕はここまでの動きができる大企業勤めの同世代を見たことがない。なにより、彼が組織を飛び出して起業したりせずに(きっといくらでもチャンスはある)、大企業のなかで敢えて挑戦を続けるという姿勢には心から敬意を表したいし、全力で応援をしたい。彼のような存在が更に応援者を増やし、徐々に社内外で市民権を得ていくことで、日本社会においてもH型人材がもっとメインストリームになっていくからだ。

個人的には、彼にはこれからもどんどん暴れまくって欲しい。MITメディアラボ所長の伊藤穰一さん風に言えば、「出過ぎた杭は打たれない」ような気がするので、このまま思い切り目立ち続けることが、実は彼にとっては最大の防御にもなる気もしている。

おそらく、特に大企業の中でH型人材を志向している人には、陰に隠れてコソコソと活動をしている人が多いように思う。でも、彼の活動なんかを見ていると、むしろ大事なのは思い切りのよさだったり、派手さのような気もしてくる。だからぜひ、組織の外で活動をして何かを起こしたいって人は、もっと胸を張って堂々とエッチになるべきだと思うのです!

って、今日はなんだか最後まで、すみません。。。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
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戦後70年、平和を願って「頭」と「心」を動かし続けたい

おそらく多くの人がそうだったように、70回目の終戦記念日を
迎えるにあたって、色々なことを考えさせられる機会があった。

国際協力分野のNPO法人の経営に携わる立場の人間として、
いま行われている平和や戦争についての議論に対して
「君はどういう意見なんだ?どの立場を表明するのか?」
ということを問われる機会も、今年はすごく多かった。

非常に重要であると同時に、絶対的な答えなど存在しない議論に
対し、正直に言ってしまうと、僕は明確な意思表明をできずにいる。
政治的なスタンスを明確に取ることに慣れていないという未熟な
面もあるかもしれないし、あるいは、NPO法人の経営に携わって
いる自分の立場が、それを難しくしているのかもしれない。

ただ、周囲の多くの人が明確な意見を表明したり、この議論に
対して向き合っている姿を見させてもらって、僕自身も、
この議論は難しいからと言って目を背けるのではなく、
当事者意識を持って正面から向き合う姿勢だけは取って
いかなければいけないと、今日この日に、決意を新たにした。


様々な情報や意見に触れ、思考停止にはならずに、自分自身の
「頭」を使って、何が正しいと自分は判断し、自分はどんな
意見を持つのかを考えることを、やめないようにしていきたい。

また同時に、いましか聞くことのできない日本の戦争体験者の
方の声を聞いたり、僕の第二の故郷であるシリアで起きている
紛争の当事者のことを想像し、「心」で感じることも大事にしたい。

「頭」だけを使って理論武装をするだけでは、何かが足りない。
ただ、「心」だけを使って感情論に走って思考停止になっても
何も始まらない。僕は、「頭」と「心」の両方を動かし続けたい。

だから何だという感じではあるけれど、70回目の終戦記念日に、
そのことをこの場で宣言したいと思う。


さて、僕が今年こんなことを考える大きなきっかけの1つは、
ボランティアとして参加しているシリア支援団体サダーカの活動だ。

サダーカでは、「戦後70年を迎える日本」に暮らす人に対して、
「紛争が続いて4年が経ち、いまだ"戦後"を迎えられないシリア」
現状を伝える活動を、今年も終戦記念日に合わせて行ってきた。

8月9日には、「シリアと世界の平和を考えるシンポジウム」を開催し、
約200人の参加者とともに、シリアを取り巻く現状について知った上で、
自分たちにはいったい何ができるのかについて考えていった。
(シンポジウムについての詳しい情報はこちらからご覧下さい)

そして今日の終戦記念日には、いまも戦火のシリアで暮らす
あるシリア人女性から受け取ったメッセージを60秒の動画にして、
その動画を少しでも多くの人に観てもらうための活動を行った。



70年前の日本の戦争について考えると同時に、
シリアでいままさに起きている紛争の現状についても
想いを巡らせて、少しでも多くの人が「頭」と「心」を
動かしていくお手伝いが、微力でもできたらと思う。


最後に、お願いです。

終戦記念日はあと残りわずかだけど、この記事を読んで
何かを感じたという人が(もしも)いたら、上の動画を
拡散するという小さなアクションを取ってもらえないでしょうか。

上のYouTubeのリンクを拡散して頂くか、Facebookであれば、
以下のリンクを開いて、投稿を拡散してもらえたら嬉しいです。

https://www.facebook.com/sadaqasyria.jp/videos/698078596959788/

長々と、失礼しました。
それでは、シリアと日本、そして世界の平和を心から願って…

2015年8月15日

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。