これからの世界を変える人材になりたいなら、もっと堂々とHになるべき

クリスマスの夜に書いていてちょっと変なテンションのため、どうでもいい下品なタイトルをつけて記事を書いてみることにする。

さて、こちら元ネタは、ハーバード・ビジネス・レビューの2017年1月号に掲載された「境界を超える"H型人材"が、世界を変えていく」というタイトルの入山章栄先生の論文だ。(「世界標準の経営理論」というタイトルのこの連載は毎回示唆に富むが、個人的には、社会学編に入ってからのここ3回の論文は特に参考になる)

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ストラクチャル・ホールという理論をもとに展開された今回の論文では、以下のようなことが力強く論じられていた。

・日本企業が伝統的に好むのは、1つの分野に精通する"I型人材"だった。日本の人材育成の世界では、それをベースとして、「1つの専門性の軸を深く縦方向に持って、後は多様な知見を持つ」という"T型人材"がこれまで注目されてきた。

・しかし、いま日本で大きな活躍をし始めているのは"T型人材"ではなく、「二本以上の縦軸があり、その間を往復している」"H型人材"である。

・異なる業界を跨って専門性を積み、境界を超えて越境するH型人材の代表例には、WiLの伊佐山元氏(日本の大企業文脈とシリコンバレー人脈をつなぐ)や、ヤフーCSOの安宅和人氏(脳神経科学とビジネスの世界とを行き来)がいる。

・これからの社会を動かす人の多くは、間違いなくH型人材になるだろう。



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↑早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生

僕は入山先生の考えに激しく賛同するのだが、同時に、ここ数年は同じような話を別の角度から色々と聞かされているような気もしている。

たとえば数年前のハーバード・ビジネス・レビューに掲載された「トライセクター・リーダーシップ」という論文。企業・行政・NPOという3つのセクターを行き来する人材がこれからの時代をつくるという話で、これはまさにH型人材の話だった。

また、前回の僕のブログ記事で取り上げたリンダ・グラットンの『LIFE SHIFT』でも、寿命100年時代にはこれまで属していない「多様性に富んだ新しいネットワーク」が重要になると指摘されていたが、この考え方もH型人材に通じるものがある。

もはや時代の流れとして、I型・T型からH型へのシフトというのは、当然のことになっているようにすら感じる。実際、日本でも出向やら副業・兼業が徐々に奨励され始めていることや、プロボノ・留職といった概念が話題になっているのも、この流れなのだと思う。

だが一方で、残念ながらこうした考え方はまだまだ日本では一般化はしておらず、ごく一部での周辺的な動きにすぎない。いまも1つの組織で脇目も振らずに成果を出すことがキャリアの王道だと考えられているし、H型人材になるような動きは、まだまだ敬遠されているように感じる。

では、それはいったいなぜなのか。
僕は単純に、H型人材になることが、周囲からの批判にさらされやすいからなんだと思う。

H型の人間になろうとする活動は、I型やT型の人間からすれば、自組織に対する浮気行為だと見なさがちだ。「自分の専門分野で結果も出してないのに、色々と目移りばかりしちゃってさ」という陰口を叩かれるし、活動が明るみに出ると、「あいつは仕事もしないで、好きなことばかりしやがって・・・」といった批判が飛び交うことになる。

伊佐山さんや安宅さんのような圧倒的な結果を出した人であれば別だが、そうなる過程では、目立てば目立つだけ妬みや批判の対象になるわけだ。まさに、「出る杭は打たれる」状況だ。周りを気にせず我が道を行くタイプであったり、周囲の批判があっても跳ね除けるような胆力がないと、なかなかH型人材を志向できない。普通は、やっぱり批判されるのが怖くなってしまう。

そんな中、僕の友人に、大企業のなかでこうした活動の旗振りを狂ったように続けているH型人材の男がいる。

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彼の名は、濱松誠(はままつ・まこと)、通称マック。パナソニックに勤める僕と同い年の34歳だ。いま東京のベンチャー企業に出向中の彼は、5年ほど前に社内の若手有志ネットワークであるOne Panasonicを起ち上げ、ボトムアップで会社を変えようと、パナソニックに社外との接点を積極的に創るなど、様々な動きを仕掛けている。

この動きは日本中に広がりそうした日本全国の社内ネットワークをつなぐOne JAPANという団体も、彼が中心になる形で今年起ち上がった。最近ではメディアも彼の展開する活動には大いに関心を寄せていて、彼自身も先日の日経ビジネスの「次代を創る100人」に選ばれるなど、注目度が一気に高まっている。

あまり内実は良く知らないけれど、これだけ社外で目立てば、当然、社内での妬みや批判も沢山あるんだと思う。僕の周りにも、「One JAPANとかってのができて注目されてるけど、なにをやりたいのか意味分からん」という声をチラホラ耳にするし、出る杭を叩こうとする動きが、盛り上がり始めているんじゃないかと思う。

ただ、きっと彼自身もそうした声があることは百も承知だし、それも分かった上で、あえて自分の役目として目立とうとしているんだと思う。この勇気は相当なものだと思うし、実際、僕はここまでの動きができる大企業勤めの同世代を見たことがない。なにより、彼が組織を飛び出して起業したりせずに(きっといくらでもチャンスはある)、大企業のなかで敢えて挑戦を続けるという姿勢には心から敬意を表したいし、全力で応援をしたい。彼のような存在が更に応援者を増やし、徐々に社内外で市民権を得ていくことで、日本社会においてもH型人材がもっとメインストリームになっていくからだ。

個人的には、彼にはこれからもどんどん暴れまくって欲しい。MITメディアラボ所長の伊藤穰一さん風に言えば、「出過ぎた杭は打たれない」ような気がするので、このまま思い切り目立ち続けることが、実は彼にとっては最大の防御にもなる気もしている。

おそらく、特に大企業の中でH型人材を志向している人には、陰に隠れてコソコソと活動をしている人が多いように思う。でも、彼の活動なんかを見ていると、むしろ大事なのは思い切りのよさだったり、派手さのような気もしてくる。だからぜひ、組織の外で活動をして何かを起こしたいって人は、もっと胸を張って堂々とエッチになるべきだと思うのです!

って、今日はなんだか最後まで、すみません。。。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
   『働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)
    ☆ Amazonランキング キャリアデザイン部門ベストセラー1位を獲得
    ☆ ハーバード・ビジネス・レビュー読者が選ぶベスト経営書2016 年間17位

戦後70年、平和を願って「頭」と「心」を動かし続けたい

おそらく多くの人がそうだったように、70回目の終戦記念日を
迎えるにあたって、色々なことを考えさせられる機会があった。

国際協力分野のNPO法人の経営に携わる立場の人間として、
いま行われている平和や戦争についての議論に対して
「君はどういう意見なんだ?どの立場を表明するのか?」
ということを問われる機会も、今年はすごく多かった。

非常に重要であると同時に、絶対的な答えなど存在しない議論に
対し、正直に言ってしまうと、僕は明確な意思表明をできずにいる。
政治的なスタンスを明確に取ることに慣れていないという未熟な
面もあるかもしれないし、あるいは、NPO法人の経営に携わって
いる自分の立場が、それを難しくしているのかもしれない。

ただ、周囲の多くの人が明確な意見を表明したり、この議論に
対して向き合っている姿を見させてもらって、僕自身も、
この議論は難しいからと言って目を背けるのではなく、
当事者意識を持って正面から向き合う姿勢だけは取って
いかなければいけないと、今日この日に、決意を新たにした。


様々な情報や意見に触れ、思考停止にはならずに、自分自身の
「頭」を使って、何が正しいと自分は判断し、自分はどんな
意見を持つのかを考えることを、やめないようにしていきたい。

また同時に、いましか聞くことのできない日本の戦争体験者の
方の声を聞いたり、僕の第二の故郷であるシリアで起きている
紛争の当事者のことを想像し、「心」で感じることも大事にしたい。

「頭」だけを使って理論武装をするだけでは、何かが足りない。
ただ、「心」だけを使って感情論に走って思考停止になっても
何も始まらない。僕は、「頭」と「心」の両方を動かし続けたい。

だから何だという感じではあるけれど、70回目の終戦記念日に、
そのことをこの場で宣言したいと思う。


さて、僕が今年こんなことを考える大きなきっかけの1つは、
ボランティアとして参加しているシリア支援団体サダーカの活動だ。

サダーカでは、「戦後70年を迎える日本」に暮らす人に対して、
「紛争が続いて4年が経ち、いまだ"戦後"を迎えられないシリア」
現状を伝える活動を、今年も終戦記念日に合わせて行ってきた。

8月9日には、「シリアと世界の平和を考えるシンポジウム」を開催し、
約200人の参加者とともに、シリアを取り巻く現状について知った上で、
自分たちにはいったい何ができるのかについて考えていった。
(シンポジウムについての詳しい情報はこちらからご覧下さい)

そして今日の終戦記念日には、いまも戦火のシリアで暮らす
あるシリア人女性から受け取ったメッセージを60秒の動画にして、
その動画を少しでも多くの人に観てもらうための活動を行った。



70年前の日本の戦争について考えると同時に、
シリアでいままさに起きている紛争の現状についても
想いを巡らせて、少しでも多くの人が「頭」と「心」を
動かしていくお手伝いが、微力でもできたらと思う。


最後に、お願いです。

終戦記念日はあと残りわずかだけど、この記事を読んで
何かを感じたという人が(もしも)いたら、上の動画を
拡散するという小さなアクションを取ってもらえないでしょうか。

上のYouTubeのリンクを拡散して頂くか、Facebookであれば、
以下のリンクを開いて、投稿を拡散してもらえたら嬉しいです。

https://www.facebook.com/sadaqasyria.jp/videos/698078596959788/

長々と、失礼しました。
それでは、シリアと日本、そして世界の平和を心から願って…

2015年8月15日

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

今日この日をワクワクしながら生きるという約束

今日は縁あって、学生さん向けのイベントのような場で
パネルディスカッションに登壇させてもらう機会を頂いた。

パネルの最後の方の質疑応答で、ある学生さんから
「どんなことを日々自分に問いかけて生きていますか?」
という質問を受けた。普段であれば何かその場の雰囲気で
答えるところだけど、この週末はちょっと特別な日だったので、
普段はあまり人前で話さない個人的なエピソードについて、
ほんの少しだけ喋ってみることにした。

でも、話してみたら話してみたで、もう少しそのことについて
考えてみたくなったので、ブログを書いてみようと決めた。


今週末は、僕の尊敬する先輩の命日だった。

悪性の血液の癌で、先輩はいまから3年前の2011年12月5日に
亡くなった。2年以上に及ぶ壮絶な闘病生活を経てのことで、
先輩が31歳のときのことだった。

その先輩とは、大学時代に部活を通じて知り合った。学生時代は
部活だけの関係性だったが、その後、先輩が当時黎明期だった
シェアハウス関連の事業を立ち上げて、僕が偶然にもその初期の
ユーザーとなったことがきっかけで、自然と親交が深まっていった。

先輩が起業したオフィスと、当時僕が務めていた会社が近かった
こともあって、毎週月曜の朝に、とりとめもなく1時間くらい
ダラダラと話をするということが、僕たちの習慣になった。

先輩はいつも何かニヤニヤしながら面白いことをしかけている
ような人で、また同時に、周囲の人に対してとにかく優しい人で、
周りの人たちから信じられないくらい慕われている人だった。

毎週月曜朝のダラダラした時間の中で、僕は先輩から本当に
たくさんのことを教えてもらった。なにげない会話からこそ、面白い
何かは始まるということ。仲の良い仲間たちと一緒に時間を過ごす
ことこそが、人生で一番大事だということ。自分の理性よりも感性を
信じた方が、自分にとってより良い決断をできるということ。そして、
気の合う仲間と起業をするという生き方が存在するということも…。

彼から教えてもらったことは、いまの僕の考え方の柱になっていると
思うし、きっと彼がいなかったら、起業なんてしていなかったと思う。

先輩は病気がわかってからも、僕に色々なことを教えてくれた。
僕が起業することを決めたと報告したときにも、先輩は誰よりも
喜んでくれて応援してくれた。会社を辞めて時間が有り余っていた
僕が、"お見舞い"という名のもとに先輩の病室に押しかけていって
生煮えの事業モデルについてアドバイスを求めても、あーでもない、
こーでもないと、僕の気が済むまで、色々な話に付き合ってくれた。

そんな先輩と最後に連絡を取ったのは、彼が亡くなる5日前で、
なんだか変な感じだけど、Twitterでのやり取りだった。
癌の再発が分かって最も辛い時間を過ごしていた頃であろう
先輩に、僕が応援のメッセージを送ると、こんな返信が帰ってきた。

"ありがとう。大地が楽しそうに仕事をしている姿を夢想すると
元気がでるよ。事業をワクワクするものに育ててあげて!ファイト!"


もちろん、自分が掲げた目標を達成できるどうかは大切だし、
そこに向けて事業や活動が順調に進んでいるかどうかということは、
何かを成し遂げたいと思う人にとっては、すごく重要なことだ。

でも、もしかしたらそれ以上に大切なのは、今日この日を、いまこの瞬間を、
自分自身が心からワクワクした気持ちで過ごしていることじゃないのか。

先輩が最期に教えてくれたことは、そのことだったと思う。

以来、僕は折にふれて、「自分は先輩に胸を張ってワクワクしていると
言えるくらいに、いまこの瞬間を楽しめているだろうか?」
ということを、
自分に問いかけるようにしている。

残念ながら、未熟な僕の答えはYESだったりNOだったりするのだけれど、
そう問いかけることで、YESと言える時間も確実に増えているように感じる。


先輩が亡くなったのは、31歳のときだ。気がつけば、今年7月に32歳に
なった僕は、先輩よりも長くこの世の中で人生を生きていることになる。
果たして、自分は先輩よりもワクワクした人生を送れているだろうか。

明日からの毎日も、先輩に負けないくらい、ワクワクして過ごそうと思う。

先輩、いつも見守っていてくれて、ありがとうございます。
おやすみなさい。


NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

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32歳の誕生日とお願いごと

2014年7月15日、今日で僕もついに32歳になりました。

起業してからは年齢が若いことがハンデになることも多くて、
早く年を取りたいなぁとか思っていた時期もありましたが、一巡して、
いまは年を取るのはほぼ嬉しいことではなくなっております。。。

クロスフィールズという団体を立ち上げてからも3年以上が経ち、
起業家としても最近は「若手起業家」とは呼ばれなくなってきていて、
それも何だか嬉しいような、でもやっぱり寂しいような気分です。

さて、普通こういう時は32歳の抱負とかを書いたりするわけですが、
見事に期待を裏切って、誕生日なのをいいことに、ちょっと皆さんに
堂々とお願いをさせてもらえればなと、年甲斐もなく思っています。

お願いごとは、以下の2つです。


1.シリアの人たちのために力を貸して下さい

シリア支援

僕が青年海外協力隊として活動していたシリアでは、内戦の影響で
多くの人々が長期間にわたって過酷な生活を送ることを余儀なくされています。

そんな中、僕の友人たちが、シリア難民と難民支援の現状を
伝えるためのドキュメンタリー映画を製作しようと立ち上がりました。
そしていま、その映像を撮影するための資金を、READY FOR?という
クラウドファンディングのプラットフォームを使って必死に集めています。

キャンペーンの詳細→https://readyfor.jp/projects/syria_refugee_film

なかなか日本のメディアがシリアの現状を伝えることができていない中で、
とても意義深い活動だと僕は思います。皆さんも、よろしければ是非ご支援を!

ちなみに僕も32歳の誕生日を記念して、先ほど支援をしてみました。
とても簡単な手続きで支援ができるし、1万円以上の支援をすれば、
なんと完成品の映像のエンドロールに名前まで入るのだそうですよ!


2.クロスフィールズの誕生日会にお越し下さい

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僕が32歳の誕生日を迎えるのとともに、クロスフィールズという組織も
今年5月をもって3歳の誕生日を無事に迎えることができました。

ベンチャー組織が創業3年で廃業する確率は7割以上とも言われていて、
その意味でも、3歳の誕生日を迎えられるのは本当に喜ばしいことです。

そこで、この3年間の感謝の気持ちを込め、「3周年感謝祭」と題した
イベントを7月27日(日)に恵比寿にて開催しようと企画しています。

イベント詳細→http://crossfields.jp/info/#a1774

クロスフィールズは一般向けに報告会をする機会が普段あまりないのですが、
今回は留職プログラムの参加者の方々にも多数お越し頂き、色々な話をして
頂く予定です。当日は僕もこの3年間を振り返って、色々と話をさせて頂く予定です。

皆さん、よければぜひご家族・ご友人をお誘いの上、ぜひお越し下さい!
(締切が7月22日(火)と迫っているので、どうかお早めにお申込み下さい)

+++

以上、2つの誕生日プレゼントのお願いでした。

よく考えてみたら誕生日プレゼントなんてここ数年もらった記憶は
あまりありませんが(涙)、子どもの頃の記憶を頼りにおねだりしてみました。

いい歳して、なんだかすみません…

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

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シリア国内で暮らす友人たちの現状(2014年5月)

弾丸日程でのヨルダン・レバノン訪問を終え、
今日、無事に日本へと帰ってきました。

国内避難民となってしまった友人Nに会って
経済的な支援を届けるのが今回の訪問の目的でしたが、
残念ながら、今回は友人Nには会えませんでした。

詳しい事情までは分からないのですが、政府が突然、
今月だけ公務員が国外に出ることを禁じたらしいのです。
(友人Nは公立学校の教員のため、その対象者なのです)

一時はお金を渡すことも諦めかけましたが、現地で友人と
連絡を取り合い、最後に機転を利かせて、彼の甥っ子兄弟に
レバノンまで来てもらい、彼らにお金を託すことができました。

ただ、シリアの首都ダマスカスとレバノンの首都ベイルートの
間にはなんといまは30箇所以上の検問所があるそうです。
最後までどうなるか不安でしたが、つい先ほど友人Nと電話して、
無事に彼の手元にお金が届いたことを確認できました。

今回まず渡すことができたのは、生活費の半年分の支援金。
これで友人家族の生活が少しでも楽になればと思います。

ひとまず、これでミッション完了です。

ちなみに、「お金も嬉しかったけど、一緒に渡してくれた
写真を見て、幸せな気持ちになれた。ありがとう」とのこと。
4年ほど前に妻と一緒に彼の村を訪れたときの写真や、
去年生まれた娘の写真を、とても喜んでくれたみたいです。

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さて、今回レバノンまで来てくれた友人Nの甥っ子2人。

兄のK(24歳・写真右)は、今回が国外に出るのは初めての経験。
本当によく来てくれたなぁと思います。

弟のM(21歳・写真左)は、12歳の頃からよく知っています。
当時からすごく利発な少年で、いつか検事になると言って
いましたが、彼は初志貫徹して自分の夢を追いかけ続けて、
いまは名門ダマスカス大学の法律学科で学んでいます。

彼らとの感動の再会を果たし、ベイルートの海辺のレストランで
夕食をご馳走しながら、久しぶりに色々なことを語り合いました。
本当に格別な時間で、今回来てみて本当に良かったと心底思いました。

ただ、こうして再会を喜ぶ幸せな時間の中でも、彼らとの会話には、
当然のように内戦の悲劇と彼らの複雑な思いとが垣間見えました。

印象的だった話を、2つだけ書いておきたいと思います。


宙に浮いた若者たちの将来

ダマスカス大学で学ぶ弟のM。彼の兄弟たちは、彼のために
出稼ぎをして、学費の仕送りをしたりしているそうです。
検事を目指す優秀な彼は、文字通り「一家の希望」なのです。

ただ、本来であれば大学4年生になっているはずの彼は、
いまもまだ3年生の過程を勉強しています。内戦の影響で
授業が休講になったり、試験が受けられないといった事態が
頻発していて、学生たちは過程通り進学できないのです。

なお、シリアの他の大学は壊滅的な状況になっていて、
少しでも機能しているのはダマスカス大学くらいだそうです。
そのため、ダマスカス大学には全国から大学生が集まってきて、
学生数は従来の2倍以上に。混乱は更に広がるばかりだそうです。

M自身も、自分が来年卒業できるかどうかも分かっておらず、
その後の検事になるための試験や司法修習などがどうなるかの
見通しも立たず、不安でたまらないと嘆いていました。

彼自身は言っていませんでしたが、そもそも、シリアという国や、
その国の法律がどうなっていくのかも分からない状況です。

そんな状況の中で彼は必死に法律を学ぼうとしていて、
家族たちは「一家の希望」である彼を必死で支えています。

理不尽すぎる状況と、希望を持つ人間たちの強さ。
僕には、彼らにかける言葉は何もありませんでした。


揺るぎない土地への想いと「難民」の辛さ

友人Nや甥っ子兄弟が住んでいたギルギスという村は、
シリア南部クネイトラ県にある人口3,000人くらいの小さな村でした。

農業や牧畜を営む人々がのどかに暮らし、牛や羊たちの群れが行き来し、
少し歩けばオリーブの木々も生い茂る、本当に美しい村でした。

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↑僕が2005年に撮影したギルギス村の風景


「見てみろ、ダイチ。この村には何でもあるだろう!」

僕が青年海外協力隊としてこの村に赴任した時、どの村人たちも
そんな風に村の自慢をしていたのが、昨日のことのように思い出されます。

そして僕もまた、お金とかモノとかそんなものは何にもないはずなのに、
確かにこの村には全部必要なものがありそうだと、何となく思えていました。

しかし、状況は一変してしまいました。

ギルギス村はいま、政府軍と反政府軍との交戦の主戦場となっています。
なんでも、オリーブの生い茂る森は格好の戦場になるのだそうです。
(この話を教えてくれた時の彼らの辛そうな顔が忘れられません...)

3,000人の村民のうち、いま村に残っているのは50人程度だそうです。
既に全員が避難しているものだと僕は勝手に思っていたのですが、
一部は村に残ることを選んだのです。そして、その多くは高齢者です。

「もうすぐ死ぬ自分たちは、生まれ育ったこの村で死にたい。」

きっと、それが彼らの気持ちなのだと思います。なお、僕の友人や
甥っ子兄弟はこの数カ月間は村に入ってもいないため、村に残った
人たちがどうなっているのかは全く分からないとのことでした…。

この国の人々の土地に対する想いは、かくも強いのです。

それだけに、彼らがいま自分たちの故郷を離れて生きなければならず、
そして、いつその故郷に戻ることができるかも分からないという状況は、
彼らにとっては身も心も引き裂かれるような辛いことなのだと思います。

内戦が激化してから友人Nと電話をしていて、「早く安全なところに
移り住んだ方がいい」とずっと主張していた僕は、「難民」になることの
辛さを、きっとこれっぽっちも理解できていなかったんだと思います。


ベイルートでの食事中、甥っ子兄弟たちは
「次はギルギス村で会おう」「村の羊や野菜で、最高のご馳走をする!」
と、村で僕をもてなすことを、何度も何度も約束してくれました。

この約束が1日も早く実現することを、僕も心の底から祈りたいと想います。


+++


最後になりましたが、乱文だらけの一連のシリア関連の記事を
読んで下さった方々、本当にどうもありがとうございました。

日本でのシリアへの関心はあまり高くないと思って書いていたのですが、
実はこの1週間のブログへのアクセス数は、僕がブログを始めてから
最高を記録しました。そのことに、僕自身も大いに励まされました。

僕も明日からは通常の日本での生活に戻るわけですが、今回の訪問で
感じたこと・考えたことを忘れないよう、日々を過ごしたいと思います。
引き続き、自分にできることを、地道にやっていくことを誓います。

なお、何人の方から「日本にいる自分にもシリアのためにできることは?」
といった質問を頂きました。そうした方のために、簡易的ではありますが
「シリア難民のために日本でできることの一覧」
を作成してみたので、もしよければ参考にして頂ければと思います。

それでは皆さん、今回は本当にありがとうございました!

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

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