NPOが陥るエリート主義という機能不全

英国でのBrexit、そして米国でのトランプ大統領の誕生など、今年はちょっと常識では考えられないようなことが世界各地で立て続けに起きている。

なぜこうしたことが起きているのかを、経営共創基盤の冨山和彦さんが、『「Gの時代」が終わり、「Lの時代」がやってきた』というNewsPicksの記事の中で、非常に明瞭に解説している。

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詳しくはぜひ元記事を見てもらいたいが(閲覧にはNewsPicksへの登録が必要)、「グローバルエコノミーの中で急上昇していく人たち(Gの住民)と、ローカル経済の中に閉じ込められている人たち(Lの住民)の間で大きな格差が広がっていて、Lの世界の人々が反乱を起こしている」というのが冨山さんの解説の趣旨だ。

そして、僕がこの記事を読んでいて強く感じたのは、「非営利セクターが抱える矛盾」についてだ。

Lの世界にいる社会的弱者の声をきちんと拾い、その課題を世の中に提示して社会を良くしていくという活動は、まさにNPOの使命の一丁目一番地だと言える。ある意味で、Gの世界を支える資本主義をベースにした企業活動に対して抵抗し、別の価値観を提示したり、あるいは、弱者も包摂する形での社会のあり方を模索するのが、NPOの存在意義であった。

つまり、行き過ぎたGの世界に対して、Lの世界の視点からNOを投げかけて世界にバランスをもたらすという機能が、NPOには本来的には求められている。しかし、世界的な視点で見ても、日本国内のNPOを見ても、どうもNPOはその観点では機能不全に陥りつつあるように僕には感じられるのだ。

3点ほど、主に日本国内でのNPOのセクターでの気になる動きを挙げたい。


①企業活動というGの世界への迎合

第一に、僕の経営するクロスフィールズなどを筆頭に、企業の活動に対してNOと言わず、むしろ企業とコラボレーションするという姿勢を持つNPOが台頭したことが挙げられる。

これによって企業とNPOとが一緒になって価値を生み出せるようになったという大きな進化があったという反面で、企業の活動に正面からNOと言う主体者が減ってしまったとも捉えられる。悪い面だけ見れば、Gの世界の活動である企業活動のなかに、NPOの活動が取り込まれてしまったとも言えるかもしれない。

②Lの世界の代弁者であるという立ち位置の喪失

次に、2005年頃からの社会起業家ブームに乗って、事業収入を主な収入源とする事業型NPOが増えてきた動きも見逃せない。

寄付金や会費での収入によって運営を行う寄付型NPOは、株主としての寄付者や会員がいるため、そうした支援者や受益者(この中にはLの世界の人たちも多く含まれる)の声を無視した行動を取りづらいという特性がある。一方で事業収入が予算の多くを占める事業型NPOには、寄付者や会員の基盤が弱い団体が多いため、Lの世界の代弁者としてのNPOという色は薄まってきていると言える。(そして、近年メディアなどでよく注目を集めているNPOには事業型の団体がとても多い。)

また、かなりマニアックな話ではあるが、寄付型NPOのなかにも、議決権を付与しないサポーター会員という形で会員を募集している団体が急速に増えている。この制度を活用すると、不特定多数からなる多数の会員の合意を取る手間が大幅に軽減される。これによってNPOの経営のスピードや柔軟性は高まるったが、その一方で、NPOのガバナンスに一般市民が参画するという体制は、日本でNPO法が施行された1998年当時と比べると大幅に弱まったように思う。

冒頭にも書いたように、NPOというのは、政府や企業に対して市民社会を代表して声を届けるという役割が期待される組織体だ。しかし、自戒の念も込めて厳しい見方をすれば、いまの状況では、一般大衆から票を集める必要のある政治家のほうがよっぽど熱心に市民の声に耳を傾けていると言えるかもしれない。

③高学歴エリートの職場であるという体質

最後に、NPOのセクターで働く人にも注目したい。実はNPOで働いている人には高学歴者が驚くほどに多い。僕は職業柄、多くのNPOの経営者やそこで働く人にもお会いするが、特にメディアなどでよく見かけるような注目度の高い団体であればあるほど、その傾向は強いように思う。国際協力系の団体などでは、ほとんどの職員が欧米大学院での修士号を取得しているといった具合だ。

もちろん、こうした優秀な人材がNPOの世界で活躍するようになっているのは、歓迎すべき素晴らしいことだ。だが、そのことは同時に、NPOで働く多くの人がGの世界の住人たちになっていることを意味している。当事者性を持ったLの世界の住人が自ら旗を振って活動しているようなNPOは、ここのところその数が減ってしまっているように感じる。


以上が、客観的なファクトには基づかない僕の印象論メインの考察だ。おそらく、僕とは違う意見を持つ人も多いかもしれない。

だが、僕の目には、NPOの活動はLの世界とは切り離され、Gの世界のなかで完結するものになってきてしまっているように映っている。そして、こうしたNPOの機能不全が、現在世界で起きている混乱の一因になってしまっていると、僕は自戒の念を込めて感じている。

今後も、格差に苦しむLの世界での反乱が更に激しさを増していく可能性は高い。そんななかで重要となるのは、NPOの活動がLの世界の人々の声を聞き、その声をGの世界へと届けていくことだ。そのことが両者の格差の拡大を止めることに繋がるはずだからだ。

その意味で、NPOの活動にかかわる全ての人たちは、社会課題を抱える当事者の視点や、Lの世界の人々が抱える不安や不満の声に対して、もっともっと自覚的にならなければならないと僕は心から思う。

ある意味ではGの世界に組み込まれているNPOの代表格であるクロスフィールズを経営する自分がこのようなことを言っても、「お前が何を言ってるんだ」と思う人も多いかもしれない。でも、そんな自分がこうしたことを発信することも大事だと思い、思い切り自戒の念を込めて書いてみた。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
   『働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)

カープ優勝の感動を、無理やり経営の学びに落とし込んでみた

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2016年9月10日、広島東洋カープが25年ぶりのリーグ制覇を決めた。

広島とは縁もゆかりもない僕だが、中学で野球を本格的に始めた頃から、天才・前田智徳とカープの打撃陣の思い切りの良さに魅了され、以来20年以上にわたってファンを続けてきた。そして、多くの若い世代のカープファンと同じように、リーグ制覇の瞬間を初めて目撃して、テレビの前で号泣したわけだ。

本当に、感動した。感動しすぎて、まったくその余韻が消える気配がない。

いまこうしているときも、黒田と新井が抱き合った瞬間の情景(下の写真を参照)が脳裏に浮かんで目頭が熱くなってしまう。もはやカープのことを考えないようにしても無理なので、開き直って、カープ優勝の要因を自分なりに勝手に分析して、そこから自団体の経営の参考になることを考えてみようと思い立った。

完全に自分の趣味なので、誰にどんな誹謗中傷を受けようとも、迷わず書き進めていこうと思う。

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↑カープファンとしては一生忘れられない名場面(日刊スポーツより)

おそらく、これから多くのメディアが「なぜあの弱かった広島が今年優勝できたのか」を論じていくだろう。
そして、その中心に来るのは、こんな話題になるはずだ。

・若手の野手(田中/菊池/丸に加え、鈴木誠也)が活躍・急成長した
・ベテラン(黒田/新井)が精神的支柱としてチームを引っ張った
・外国人選手の起用が大当たりして、シーズンを通じて活躍した
・去年まで不安要素だった中継ぎと抑えが安定し、投打が噛み合った

このあたりがカープが優勝できた理由なのは、紛れも無い事実だ。でも、今回の快進撃には、それ以外にも様々な背景があったように思う。弱小チームが圧倒的な強さで優勝するというストーリーからは、きっと多くのことが学び取れるはずなのだ。

そこで、経営にも通じそうなことを切り取って、カープ優勝の要因を独断と偏見で5つほど語ってみたい。

1.勝ちグセがついた

いきなりバカっぽい理由だが、今年のチームが優勝できた一番の理由は「勝ちを積み重ねられたから」だと思う。今年のチームは戦力的にもたしかに強かったが、何よりも、序盤に勝ちグセがついたことが大きかった。勝ちが重なることで、選手たちの間に「今日もいける」という雰囲気が日に日に醸成されていったのだ。

また、選手たちが共有していた勝ちパターンというのが、「逆転勝ち」という最強の勝ちグセだったのが強烈だった(広島は現時点でリーグ断トツの43回の逆転勝ちを収めている)。どんなに負けていても「今日も絶対ひっくり返せる」と選手たちが本気で信じているわけだから、相手チームとしては嫌でたまらない。

団体の経営で考えてみても、「勝ちパターン」の組織内での浸透は非常に重要なことではないだろうか。

何をすればチームが成果を上げられるのか、その成功パターンをメンバーが共有できているかどうかで、チーム力は大きく変わってくる。そして、勝ちパターンを浸透させるためには、やはり試合に勝たないといけない。どんなに見事な戦略を考えても、それが成果に繋がっていなければ意味がない。まずはとにかく成果を出すことしか、勝つための道はないのだ。

2.負けても打たれても、切り替えができた

続いても非常にアホっぽい理由だが、負けても切り替えができたというのも、実にスゴいことだったと思う。

今年のカープはここまで4連敗が1回あるだけで、それ以上の連敗は経験しておらず、あとは全てを2連敗までで止めている。また、これはデータがないけれど、特定の回にずるずると大量失点するようなケースもほとんど見られなかったと記憶している。要するに、大崩れしなかったのだ。

メジャーから帰ってきた黒田投手が若手投手に口酸っぱく言っていたのは、「1点取られても落ち込まずに、大崩れしないこと」ということだったらしい。ベテランの黒田らしい言葉だが、「自分の調子が悪い時にも、悪いなりに試合をつくるのが大事」なのだそうだ。自分の調子が悪いことを受け入れ、それでも何とか通用する球種を見極めて、それで何とか試合をつくっていく。これが黒田の姿勢であり、今年のカープの姿だった。

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これはそのまま経営に活かせることだと思う。

ピンチに陥っても冷静さを保ち、失ったもののことは考えず、「いま自分たちの持っているもの」や「通用していること」に目を向ける。そして、自分のいまのパフォーマンスを最大化することに注力することが、負のスパイラルに陥らないための絶対的な秘訣なのだ。

3.健全な危機感を持っていた

実は今年のカープは前評判が高かったわけではない。むしろ去年の方が、前田健太という絶対的なエースがいるところにメジャーから黒田が帰ってくるということで、リーグ制覇への期待は高かった。あらゆる専門家の分析でも、昨年は可能性があったものの、今年は前田健太が抜けることもあって、優勝の可能性は非常に低いと予想されていた。

だが、往々にしてスポーツでは、こうしたカリスマ的なパワーを持つ選手が抜けることで、逆に組織に健全な危機感が生まれ、それがプラスに作用するということが起こる。今回も、前田健太がいなくなったという危機感を、他の選手たちが一様に共有していたことが大きかったように思う。(無論、前田健太の移籍金20億円で様々な補強ができたことも同じくらい大きかったが…)

ある特定の強いプレイヤーが1人いて活躍しているチームよりも、健全な危機感を共有して1人1人が必死に頑張るチームの方が強いというのは、スポーツの世界だけでなく、どんな世界でも当てはまることなのではないかと思う。

4.球場(つまりはファン)に投資した

優勝インタビューのときに選手が口々に「球場が変わったのが大きかった」と言っていたのが、僕にはとても印象に残った。

広島カープは2009年にホーム球場を新設しているが、これがかなりの気合いの入ったスタジアムだった。球団職員がアメリカ視察を繰り返して、広島ならではの魅力的なスタジアムを考案し、広島の産業界が思い切り尽力してつくったのが、MAZDA Zoom-Zoomスタジアム(通称:ズムスタ)だ。

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「カープ女子」なる言葉が社会現象のようになるなど、カープファンが急増して観客動員数が一気に増えていったのは、このスタジアムの新設をきっかけにしてのことだった。そして、当然ながら、ファンが増えることで、選手たちも気合い入る。ファンの期待が高まっていくのに応えて、「いつまでも低迷していてはダメだ」という意識が芽生えていったのだ。

つまり、広島の快進撃は、選手・監督の頑張りだけではなく、まったく勝てずに低迷していた時代に、「ファンを増やす」ことを中心に据えて、球団側が思い切った未来への投資を決断したことから始まったと言える。

やはり、思い切った攻めの一手がなければ、チームの飛躍はあり得ないと思う。そうした英断をチームの低迷期にできたということが、広島カープの転換点となったのだ。

5.前監督の投資が花開いた

最後に、前監督である野村謙二郎氏の貢献が大きかったことを挙げたい。

野村氏が2013年に3位となり初のCS進出を果たすまで、カープは実に15年間に渡ってBクラス(4位以下)に甘んじていた。その状況を変え、CS進出を果たすとともに優勝を狙えるチームにまで成長させたのが、野村氏だった。

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野村氏は、在任中にチーム力を高めただけでなく、とにかく若手にチャンスを与え続けた。もちろんその中には芽の出た選手もそうでなかった選手もいたが、彼の選手起用を見ていると、そのシーズンだけではなく、確実にその先を見据えたものだったことが伺える。

そして、緒方新監督になって2年目の今年、野村氏が種を蒔いた若手たちの活躍を1つの原動力として、歓喜の瞬間を迎えたわけだ。

人への投資がいかに大切であるか。そして、偉大な成果を達成するには、いかに長期的な目線での我慢が必要であるか。野村氏の目線からは、そんなことが読み取れるように思う。


・・・以上、独断と偏見に基づいた、5つのカープ優勝の要因を書いてみた。

改めて、カープ、感動をありがとう!
ファンをしていてよかったです。

なんだか少しスッキリしたので、そろそろ寝ようと思います。
ではでは、おやすみなさい。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 明日9月2日(金)に初の著書が発売になりました。よろしければご笑覧ください!

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1ヶ月間の育休での気付きと学び

早いもので、第2子の誕生に合わせた1ヶ月間にわたる育休があっという間に終わって、今日から仕事に本格的に復帰する。

色々な人に応援してもらって、男性経営者が育休を取るというあまり一般的でないことを経験できたので、せっかくなので、今回の気付きを備忘録的に僕なりにまとめておきたいと思う。

「育休が休暇などでなくいかに目まぐるしい時間なのか」
「家事や子育てというものがどれだけ大変かを実感できるか」

そのあたりのことについては、タレントのつるの剛士さんが共感することの多い素晴らしいブログを書いているので、そこに譲りたい。僕としては、日々仕事に追われるビジネスパーソンが育休を取ることの意味に絞って、3つの観点で書いてみたい。


① 「1つ1つのことを噛みしめる感覚」の実感

我が家は共働き家庭で、普段の平日は夫婦揃って仕事を中心に生活が回っている。そのため、朝食の準備・保育園の送り迎え・お風呂・寝かしつけといった家事や育児は、なんというか、短時間で効率的に終わらせなければいけない「タスク」として処理されていたように思う。

今回もはじめの1週間くらいは新しい生活にも慣れずに、家事・育児を以前と同じように「タスク」として必死にこなしていた。が、中盤からは、目の前の洗い物や洗濯に、こだわりを持って臨めるようになっていった。そうなると、不思議な事に、家事と育児は「ねばならないタスク」ではなくなり、「かけがえのない時間」に変わっていった気がする。

娘と過ごす時間も、たとえばお祝いごとの準備なんかも、これまでは「なんとかやってあげなきゃいけないこと」だったのが、「どうやったら一番喜ぶだろう」とかをニヤニヤしながら考えて全力で準備をして、実際に喜ぶ顔を見たら涙が出るほど嬉しかったりと、信じられないほど幸せを感じる時間になった。

あぁ、これまで僕は、目の前のとっても大事で幸せなことをスルーして生活してしまっていたんだなぁ・・・

今回、家事・育児に全力でコミットする機会をもらって気付いた一番大きなことは、そんなことだったと思う。

大げさに言えば、これは人生観が変わるくらいの気付きだった。今日からまた仕事に戻るわけだけど、これからも今回の「日々を噛みしめる感覚」を大切に生きていきたいと心から思う。


② オーナーシップの大切さ

仕事でも家事・育児でも共通しているのは、どちらも1人でやることではないという点だ。職場では同僚と、家庭ではパートナーや家族と分担してチームで取り組む。

そして、チームで取り組むことには、共通した真理がある。仕事で大事なことは家庭でもやっぱり大切なわけで、僕にとってそれは「オーナーシップ(当事者意識)」ということだった。

今回は、妻の産後直後ということで、「上の子の面倒を見ること」と「家事全般をすること」についての権限が全面的に僕に委譲されたわけだ。これまでは正直、自分はどこかサポーター役的にやっていたことを、自分が全部やる「権限」と「責任」を持ったことになる。これによって、僕の育児や家事に対する目線は一気にあがった。

これまでは、自分がサポートするのに必要なことだけを把握していればよかったのが、全体観を保つ必要が出てくる。

これまでは妻の聖域だった台所の細かい部分だとか、娘の洋服ダンスの収納の仕方など、そういった部分も含めて、自分が責任を持つ必要があった。(そのため僕は1週目にこのあたりの大掃除をさせてもらって全体の把握をしたのだけど、それは大正解だったように思う)

色々な人のブログとかを見ていると、夫の育休中には夫婦のケンカがすごく増えると聞くけれど、幸いにも、我が家ではあまりそういうことにならなかった。

僕は曲がりなりにも責任を持つ意識を持っていたし、妻は、文句ひとつ言わず(少しはあったけど)、基本的に家事・育児初心者の僕に全部を任せてくれたからだ。

仕事と同じで、やはり大事なのは「当事者がオーナーシップの意識を持つこと」と、周囲が「そのオーナーシップを尊重して権限委譲する」ということなのかもしれない。


③ 究極の「時間ダイエット」

仕事面では、僕はこの育休の期間中も、限定的ではあるけれど、平均すると毎日1-2時間くらいはメールの対応や重要な意思決定を中心に、本業の仕事を続けていた。(オフィスには行かず、外部アポもゼロでした)

いつもに比べたら仕事にかける時間というのは普段の10%くらいだったという感覚だ。

でも、本当に重要なことに絞って仕事をせざるを得なかったので、当然無駄な時間の使い方などはしておらず、普段よりも圧倒的に高い密度で仕事をしていたように思う。

なんというか、余計な脂身とか贅肉みたいなものを削ぎ落として、限界に近いくらいに筋肉質になったような感覚だ。

普段自分が「これは間違いなく必要」と思っていたことが、どれだけ無駄なものだったか、あるいは、誰かに任せることができるものだったか、そんなことを痛感させられたような気分だ。

仕事についても、家庭についても、「何が自分にとって大切な時間」か、「何が自分が時間を使わなくていいことか」を、自分の時間の使い方が思い切り変わることによって、見直す期間になったように思う。

+++

以上、すごく偏りがある内容だけど、3つの観点で書いてみた。

一番言いたいのは、育休は一人ひとりの人にとって大きな学びがあるのと同時に、人生を思い切り豊かにしてくれるはずなので、ぜひ1人でも多くの男性ビジネスパーソンにまとまった期間の育休を取って欲しいということだ。

特に管理職や経営者の人は「いや、そんなの無理」となってしまうかもしれない。でも、不可能なんてない。僕の場合は、去年の暮れに経営陣に相談した上で、年初にチーム全体に宣言をすることで、それを前提にして動くことで、実際に予定通り取ることができた。

あと、もう1つ、完全に仕事を離れることができないという人は、僕のようにリモートワークで少し仕事をするというスタイルでの育休でも、いいのではないかと思う。何人かの人から「育休中は仕事なんかしちゃダメだよ」という指摘を受けて、それもそれで真っ当であると思った一方で、「全く仕事をしない」という前提になってしまうと、やはり育休というのはなかなか取りづらくなってしまう。

ゼロ対100ではなく、もう少し柔軟な育休もあっていいのではないだろうか。その方が、社会全体として育休取得者が増えて、健全な世の中になっていくと、僕は思う。

そして最後に。

今回僕が素晴らしい時間を持つことができたのは、僕の育休取得を応援してくれて、1ヶ月間にわたって僕の開けた穴を助けあいながらサポートしてくれた職場の仲間たちの存在だ。みんなの協力があったことで、こんなに素晴らしいことに気付くことができた。本当に、本当にありがとう。

今日からまた復帰して全力でチームに貢献するとともに、チームの誰かが育休を取るような状況になったときには、僕の方が全力で支えていかせてもらいたいと思う。

今回の育休を温かく見守ってくださった関係者の方々にも、感謝の気持ちで一杯です。改めて、ありがとうございました!


追記;
別件ですが、明日9月2日(金)に初の著書が出版になります。
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NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。

官僚の皆さん、どうしてNPOに出向しないんですか?

あまり知られていない事実だが、2014年に官民人事交流制度なるものが人知れず改正された。

これにより、中央省庁から民間に出向する際の出向先が企業以外にも拡大され、学校法人やNPOにも出向することが可能になった。実際、この制度を活用して経済産業省から学校法人に教員として出向中の方もいるなど、官僚の出向先の幅は大きく広がったのだ。

これまでも、官庁と民間企業との間では、多くの人材が出向することで様々な交流をしてきた。これによって、互いの仕事の進め方を学び合うとともに、どのような連携を図るべきかを両者で考えてきたわけだ。

そしてこれからは、行政とNPOとの間で、こうしたセクター間の連携が促進されるわけだ。これまでは霞が関のオフィスでデスクにかじりついて大量の資料とヒアリングをもとに法案を書いていた官僚が、NPOに出向して草の根の現場で思い切り汗を流す。そして、そこで見た生の情報をもとに、心の通った現場目線での法案を書くようになる。行政・企業・NPOという3つのセクターが一緒になって社会課題を解決していくことが必要とされる「トライセクター」の時代、まさにこうしたセクター間の人材交流の動きは歓迎されるべきものだ。

その意味で、2014年の法改正は非常に画期的なものだったわけだ。

が、しかし。こんなに素晴らしい法改正があったにもかかわらず、残念ながら、行政からNPOへの出向は日本ではまだ一例も実現していない。

一体なぜなのか。もしかしたら法制度上で何かの課題があったり、金銭的に無理があるなどの事情があるのでないか。不思議に思った僕は、関係者に色々と聞きまわってみた。そして、その結果分かったのは、単純に「情報が届いていない」ということが大きな要因となって、行政からNPOへの出向は実現していないということだった。

まず、そもそも法改正によってNPOへの出向が可能になったという情報を、当の官僚の方々はほとんど知らなかった。また、仮に知っていたとしても、実際に出向を受け入れたいNPOが本当にあるのか、また、自分がNPOに出向したらどんな仕事をすることができるのか、そのイメージがついていないのだ。

そんな情報のミスマッチだけが要因なら、なんとか壁は突破できるのではないか?

そんな想いから、官民協働ネットワークcrossover、新公益連盟、そして僕たちクロスフィールズとの共催で、去る5月28日(土)に「セクターの壁を越えて活躍できるリーダーを目指して。求む!行政-NPOの人材交流のパイオニア」と題したイベントを開催した。

このイベントでは、実際にセクターの枠を超えて働いた経験を持つ人たちの経験談をベースに越境経験の意義を訴えるとともに、実際に官僚の出向を受け入れる意思のあるNPOの代表者たちが登壇し、NPO出向の第一号候補者に向けてメッセージを送った。フローレンスカタリバETIC.RCFといった日本を代表するNPOが、給与面も保証するという意思も込め、全力で官僚の出向を呼びかけたのだ。

当日の会場の熱気はすごいものだった。100人収容の会場は多数のキャンセル待ちが出るなど満員御礼で、多くの現役官僚たちも参加してNPOの話に熱心に耳を傾けていた。このイベントだけで何かが動くかは分からないものの、「自分が第1号のNPO出向者になりたい」という声も数多く聞かれるなど、多くの官僚がNPO出向に対して意欲を示していたことは確かだった。

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厚生労働省の官僚がフローレンスに出向して保育の現場を経験する。
文部科学省の官僚がカタリバやTeach For Japanに出向して教育の現場を経験する。
内閣府や復興庁の官僚がRCFに出向し、東北や熊本の復興の最前線で汗を流す。
外務官僚がクロスフィールズで新興国のNGOと仕事をし、新しい国際協力のあり方を考える。

そんなことが起こったら、世の中の課題解決はもっともっと進んでいくと思うのだ。もちろん、特定の団体に関係省庁から出向があると癒着の問題が懸念されるという指摘もある。ただ、それは民間企業への出向でもあった話で、色々と工夫をすれば超えられる課題のはずだ。

なんとかして、そんな日本社会の課題解決を一歩進めるような動きが出てきて欲しい。

あとは、誰か1人、パイオニアが出てくるのを待つだけだ。
官僚の方々、どなたか手を挙げてみませんか?全力でサポートしますよ!

小沼大地(@daichi0715) 

 
※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。 

職員の卒業にあたって考えたこと ~仲間から同志・家族へ~

先週の火曜日に、2年半にわたって事業と組織を一緒に創ってきたメンバーがクロスフィールズを卒業することになった。

実は正職員が卒業するのは創業5年間で初めてのことだったので、最初に卒業の話を聞いた時には本当にショックだった。その晩は夜もなかなか眠ることができず、組織とそこで働く仲間というものについて、色々なことを考えさせられた。

なんというか、卒業するメンバーがいるのは当然のことであると頭では分かっていたけれど、僕はどこかで、クロスフィールズで一緒に働く仲間は「家族」のようなものだから、この先もずっと一緒にいるかのような幻想を抱いてしまっていた。

もちろん、実際にそうした家族的な経営をしている組織もあるだろうけれど、クロスフィールズの場合、おそらくそういう形にはならない。情熱があって優秀な人材が加入して、クロスフィールズで思い切り活躍・成長する。その後は、ある人はずっと一緒に働くこととなり、ある人は卒業して別の場所でクロスフィールズの経験を活かして活躍していく。もちろん、戻ってくる人がいても大歓迎だ。

そんな、多様なキャリアパスを描ける組織になるのが、僕たちの目指すべき方向性だと思っている。そうすることで、より多くの人が門戸を叩きやすくなり、同時に、職員の入れ替わりによって組織の硬直化を防ぐことで、より強いチームになっていくと信じている。

そして、そんな風に考えれば、職員の卒業とは必然のことなのだ。そんな当たり前のことに創業5年でやっと気づいて、少し時間はかかったけれど、彼女の卒業を徐々に受け入れることができた。


ただ、とはいえ一緒に働く仲間が去っていくということは、なんとも言えないくらい寂しいものだ。

今回卒業するのは、僕の直下で広報とバックオフィスを担ってくれていたメンバーで、本当に本当に信頼していたし、なんというか、一緒に数々の修羅場を超えてきた戦友のような存在だった。

思い返してみると、楽しい思い出よりは大変だった思い出のほうが多い気がして、そのことには申し訳ない気持ちしかない。組織としても僕個人としても、この2年半はずっと未熟さを露呈し続けてしまったようなもので、彼女には沢山の苦労と心配をかけた。もっと僕がしっかりしていれば、彼女ももう少し楽な思いをできたかもしれない。

ただ、それでもひとつだけ誇れるのは、彼女がとても前向きにクロスフィールズを卒業してくれるということだ。

彼女の新しい挑戦を聞いて、それがとても彼女らしいもので、僕は素直にそれを心から応援したいと思った。何よりも、彼女が前を向いて卒業してくれるということが本当に嬉しかった。

色々なアップダウンもある中で、もっとネガティブな心境で去ってしまう可能性のある局面も、沢山あった。でも、そうした壁をしっかりと乗り越えて、こんな幸せな気持ちで彼女を送り出せる状態をつくれたことは、クロスフィールズというチームをちょっと褒めてもいいんじゃないかとも思っている。

そんなわけで、彼女の最終出社日には、チームのメンバーみんなで、彼女のこれまでの貢献に心から感謝をするとともに、彼女の新たな船出をみんなで盛大に送り出した。文字通り、大声でエールも送った(まなぶ、いつもありがとう)。

彼女の卒業プレゼンを聞いていて改めて思ったことがある。

メンバーの卒業というのは、団体の側にとっても決して喪失なんかじゃない。同じ世界観を強く共有しているメンバーが卒業して、クロスフィールズでの経験をもとに新天地で活躍していくということは、組織の外にも僕たちの目指す世界観が広がっていくということを意味する。所属する組織は変わっても、同じ生態系(エコシステム)のなかでお互いに想いを持って働いている限り、ずっと「同志」であり、これまでと変わらない「家族」の一員なのだ。

そんな風に思わせてくれた彼女と、そんな送り出し方をしたチームのメンバーには、感謝しかない。

明日から新天地での新しい挑戦を始める家族の一員に、もう一度、心からのエールを送りたい。

どうかどうか、自然体で頑張って!
もらったアドバイスの通り、僕もチームメンバーと家族と自分を大事にします!!

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小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
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