戦火のシリアに暮らす「第2の家族」との7年ぶりの再会

3泊4日のレバノンでの滞在を終え、いまは日本へと向かう飛行機のなかにいる。前回の記事でも書かせてもらったけれど、今回の訪問の目的は、シリアに住む「第2の家族」とも呼べる友人Nと7年ぶりに会って話をすることだった。

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↑レバノンを訪れるのは今回が3回目だけど、いつ来ても本当に美しい街だ


そして、色々な方からのサポートがあり、今回、無事に友人との念願の再会を果たすことができた。なんと運良く初日から合流することができ、幸せなことに、丸3日間、一緒に時間を過ごしてくることができた。

本当に、友人Nはよく来てくれたと思う。彼はいくつかの検問をくぐり抜け、国境を超えてレバノンまで訪ねてくれた。正直なところ、彼が来る確率は1-2割くらいだと思っていたので、こうして再会が実現したことは本当に嬉しかった。「いま向かっているよ」というメールが届いたときには、僕の心臓は思い切り高鳴り、久々に、自然と涙が出てきた。

再会の直前、この数年間待ち望んでいた瞬間の実現に、僕の気持ちは高ぶりきっていた。でも、いざ会ってみると、それは意外なほどにあっけないものだった。抱き合って二人で号泣するのかなと妄想していたけれど、最初に会ったときも、さっきまた別れを告げたときにも、特に涙もなかった。7年ぶりに時間を過ごしているとは思えない、ごく自然な再会になった。

この3日間、僕らはただただ一緒に過ごした。朝飯から晩飯まで一緒にメシを食べ、僕の泊まっていたホテルのダブルベッドに一緒に寝た(本当に来ると思ってなかったことがここで友人Nにもバレた)。首都ベイルートの街をブラブラと散策したり、近郊の街まで小旅行をしたりしながら、バカ話も含めて、沢山の話をした。

12年前に僕が青年海外協力隊としてシリアで過ごしていた時と同じような空気が、そこには流れていた。違ったのは、お互いに少し歳をとったことと、僕のアラビア語が相当に劣化していたことくらいだ。感覚としては、久々に実家に里帰りをして両親と時間を過ごしたような、そんな気分だ。なんだか拍子抜けするくらいに、穏やかな時間だった。


こうして丸3日間を彼と過ごしてみて思うのは、やはり今回思い切ってレバノンに来て良かったということだ。

いまから3年ほど前から、僕は友人Nに対して国際送金で仕送りを続けてきた。このサポートは必要なことではあったものの、一体そのことが彼とその家族にどんな影響を与えていて、僕たちの友人関係にどんな影響を及ぼしているのか、正直、とても不安だった。

でも、今回彼と色々な話をしてみて、これまで僕がやってきたことは間違っていなかったと思うことができた。当たり前ではあるのだけど、僕と彼とは「支援者」と「支援される者」である前に、明確に「大切な友人」だった。今回一緒にいても、彼との間に上下関係とか、「支援してあげている」という気持ちとかを感じることは、ただの一度もなかった。そこにあったのは、9000キロというもの凄い距離を隔てながらも築くことができた、人生でも最も大事だと思える唯一無二の友人関係だった。

もちろん、仕送りの話題にもなった。そのときに彼が言ってくれたのは、「本当にいつもありがとう。でも、こんなこともあったわけだから、きっとお互いが死んでからも子どもたちが僕たちの関係のことをずっと語り継ぐことになるだろうね」という言葉だった。

いま友人Nと彼の家族の生活をサポートしているということは、僕の人生のなかでも最も尊い行動をする機会をもらえているということなんだと感じた。純粋にそのことに対する感謝の気持ちで胸がいっぱいになったし、幸せを感じた。そして、今回仕送りをするようになったことで、僕たちの友人としての絆はさらに強固になったことを、胸の奥の方でグッと感じすることができた。

今回直接会って話をしてみて、僕の心の奥に引っかかっていたものがスーッと消えていくかのようだった。

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↑レバノンの首都ベイルートのモスクにて友人Nと。


そして、もう一つ。やはりどうしても書いておきたいことがある。

戦争についてだ。

6年半もの期間を戦火のなかで暮らしてきた友人が僕に繰り返し伝えてくれたのは、「戦争の愚かさ」と「平和への渇望」だった。

6歳になる友人Nの長男は、とても利発で元気な男の子だが、なにか大きな音がすると恐怖に怯えてしまう。血相を変えて走り回って、しばらくすると毛布にくるまってしばらく出てこれなくなってしまう。戦闘機が飛んでくる音や爆撃の音を嫌というほど聞いて、大きな音に対して過度な反応をするようになってしまったのだ。

友人Nの親戚の青年は、紛争が起きてすぐに13歳でレバノンに出稼ぎでやって来た。狭い部屋に他のシリア人の若者たちと暮らしながら、週6回の勤務で朝4時から朝9時まで八百屋で働き続けている。そして、生活費も切り詰めながら何とか捻出したお金をシリアに住む家族へと仕送りをしている。帰国すると徴兵されてしまう危険性があり、この間、一度もシリアには帰っていない。シリア人にとって、生まれ故郷や家族と離れて生活をするというのは、最も過酷なことだ。そんな日々が6年半も続いている。

そして、将来に対する不安も大きい。仮に紛争が落ち着いたとしても、シリア国中に広く行き渡っている武器や弾薬をどのように根絶していくかには、全く道筋が立っていない。当然のことだが、武器があれば何かしらの暴力が続いてしまう可能性は高い。このことが、友人Nにとっては将来に向けた最大の心配事なのだそうだ。

「いま、シリアに住むすべての人たちは、紛争の終結を心から願っているんだ」

はじめは「政府寄り」「反体制派寄り」等といったスタンスの違いで、シリア人たちも一枚岩にはなれていなかった。でも、いまは違う。6年半という途方もない期間を戦火のもとで過ごした人々は、もはや戦争というものに対して辟易としているのだ。

「もはや誰がこの国を収めることになってもいい。誰もが、暴力と戦争とに疲れている。このバカげたことを終わらせることだけが、僕たち全員の願いなんだ。2017年を、この戦争の最後の年にしなきゃいけない」

そう語っていたときの、友人Nの珍しいほどの力強い口調を僕は忘れることができない。

+++

前回と今回の、長々とした冗長でナイーブな文章を最後まで読んでくださった方には、感謝しかない。そしてコメントや個別のメッセージをくれた方にも、心から御礼を伝えたい。周りの人たちに少しでも関心を持ってもらえて嬉しかったし、応援してもらえたことは本当に心強かった。また、個別に厳しいことを指摘してくれた友人もいて、そういう声には色々な気づきを頂いた。改めて、こうして行動したり発信することは大事だと感じさせてもらった。

最後に、もしも今回のことでシリアをめぐる情勢に興味を持ってくれた人がいたとしたら、以下も参考にしてもらえたらと思う。(情報を提供してくださった方、本当にありがとうございます!)

1.BS1 国際報道2017 シリア最新情勢~未来の“復興”に向けた支援を~
9/26(火)の夜22時からの上の番組で、シリア最新情勢の特集があります。国連開発計画(UNDP)のシリア事務所の副所長を務めている須崎彰子さんがスタジオ出演するとのこと。現地での最新の生の情報が分かるはずです。

2.青山弘之著 『シリア情勢:終わらない人道危機』(岩波書店、2017年)
中東専門家である東京外国語大学の青山先生の本は、シリア情勢を包括的に理解する上ですごく参考になります。僕も先生の本は何冊か読んでいますが、どれもとても分かりやすいし、先生のシリアへの愛が伝わってきます。

3.シリアのためにできることリスト
ちょっと古いのですが、3年前に僕がまとめた「日本からシリアのためにできること」のリストになります。何かの参考になったら幸いです。

4.映画 『この世界の片隅に』
完全なる主観ですが、おそらくいまシリアで起きていることと、シリアの人たちの生活というのは、この映画で描かれている戦時中の日本人の姿とすごく近いのではと思います。ちょうどDVD化もされたタイミングなので、この映画をご覧になりながら、シリア情勢や戦争について考えてみてはいかがでしょうか。


明日からは、クロスフィールズの業務に戻ります!
不在中ご迷惑をかけた方々、申し訳ありませんでした。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
   『働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)
    ☆ Amazonランキング キャリアデザイン部門ベストセラー1位を獲得
    ☆ ハーバード・ビジネス・レビュー読者が選ぶベスト経営書2016 年間17位

僕がシリアに住む友人に会いに行く情けない理由

僕はいまこの文章を、レバノンに向かう飛行機のなかで書いている。よくよく考えても、なぜ急遽休みを取ってレバノン目指して飛行機に乗っているのか、自分でも上手いこと説明できる気がしない。というわけで、気持ちを整理するためにも、いま自分が何を考えているかをここに書いておきたい。(情緒的だし、無駄に長文です)

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2011年は日本を未曾有の大震災が襲った年であり、僕が会社を辞めてクロスフィールズを起ち上げた年でもある。そして、シリアにおける紛争が始まった年だった。

あれから6年という時間が流れた。東北地方は落ち着きを取り戻し、もちろん地域によるものの、復興は確実に進んでいるように見える。僕自身もNPO経営者として7年目を迎え、起業家として生きている自分をもはや当たり前だと感じるようになった。プライベートでも二人の子どもが生まれ、家族はいつの間にか2人から4人に増えた。

6年間とは、それだけの変化が起きる長い時間だ。だが、残念ながらシリアではいまも厳しい情勢が続いているし、紛争が集結して平和が訪れる予兆は見られない。シリアに暮らす人たちは、実にその6年間もの長い時間を、絶望的な戦火のなかで暮らし続けている。


僕は2005年からの約2年間を、青年海外協力隊としてシリアで過ごした。最初の1年間は南部のクネイトラという地方の人口2,000人くらいの小さな村で暮らしていた。いつもお世話になっていた家庭は、まさに「第2の家族」と思えるほどの大切な存在になった。特にその家に住む友人Nとはすごく波長が合い、いまも兄弟と呼び合うような間柄だ。

友人Nも僕も結婚したということで、紛争直前だった2010年の暮れには、互いに奥さんを紹介しあおうと、僕は奥さんを連れてシリアを訪ねた。村ではものすごい歓待と祝福を受け、2家族で幸せを分かち合った。友人Nとは「いつか子どもができたら、今度は子どもたちを一緒に遊ばせよう」と約束した。


そんなシリアで紛争が始まったのだから、当然ながら僕は気が気でなかった。でも、日本にいる自分にできることは思いつかず、起業したての忙しさを言い訳にもして、特に何の行動を取ることもなく、ただただ新聞やメディアで情勢を見守るだけの日々を過ごした。ときどき思い出したように友人Nとは電話で連絡を取り合っていたものの、メディアがシリアの報道をしなくなれば、日常生活でシリアについて考える機会も減っていった。

紛争が始まってから3年が経った2014年の春、友人Nから突然「生活が苦しい。助けてほしい」という連絡が入った。これまで一度もそんなことを頼まれたことはなかったので、ただ事ではないことだけは分かった。僕はできる限りのことをしようと思い、思い切って友人Nに会おうとシリアの隣国レバノンへと飛んだ。(その時のブログ記事はコチラ

でも、残念ながら公務員をしていた友人Nは国外に出ることが許されず、再会は叶わなかった。彼の代わりにレバノンに来てくれた友人Nの甥っ子にサポートのお金を託して、僕は日本へと戻った。(その時のブログ記事はコチラ

その後、レバノン宛であれば国際送金ができるということが分かり、悩んだ末に、僕はレバノンに住む友人Nの親戚を通して定期的に生活費の仕送りをすることを決めた。

半年に一度、マイナンバーカードを持って家の近くにあるチケットショップの大黒屋(日本ではWestern Unionの代理店をしている)に行く。そこでお金を支払うと、手数料を引かれた金額がレバノンへと送金される。そして、何人かの友人に助けをもらって、送金情報を友人Nへと伝える。僕がするのはそれだけだ。

そして、お金が無事に友人Nのもとに届くと、彼は僕にお礼の連絡をくれ、WhatsAppやSkypeで互いの近況を伝え合う。その電話では、彼はいつも申し訳なさそうにこんなことを言う。

「いつもごめんよ。この仕送りのおかげで何とか家族の生活を支えることができている。ありがとう。でも、僕はお金をもらえるから連絡を取っているわけじゃ決してないから。ダイチは家族だからこうして電話をしているんだ。そこだけは勘違いしないで欲しい。お金なんかよりも、心配してくれているダイチと話がしたいんだ。」

そして、その言葉に対し、僕も決まって「うん、もちろん分かってるよ」と伝える。

こんなことを、半年に1回くらいのペースで、3年間以上繰り返してきた。はじめは感情的だった会話も、何度も同じことを繰り返していると、だんだんと定型化して味気ないものになってくる(僕のアラビア語の語彙力が年々低下していることも大きな要因なのだけど…)。そして、あまりにも先が見えない状況に、電話で話していても、なんだか気まずさやぎこちなさが残るようになっていった。

僕たちは「友人」だったはずなのに、仕送りをして会話をする度に、僕たちは「支援者」と「支援される者」という関係になってしまっている感じがした。僕はそれが嫌でたまらなかったし、おそらく友人Nも、同じように感じていたんじゃないかと思う。

僕はいつの間にか、あまり感情を込めず、お金を送るという機械的な行為として送金をするようになった。気まずい電話をはぶいて、メールだけでやり取りをすることも増えた。


そして、いまから1ヶ月ほど前。意識的だったのか、無意識的だったのか、僕は約束のタイミングが来たのに送金することを忘れてまった。いや、正確には、何度か送金に行こうとは思ったのだけど、仕事が忙しくて大黒屋に行って送金するという行為すら億劫になってしまい、タイミングを逃してしまったのだ。

すると、友人からは何通ものメールが入っていた。そこには、「本当に恥ずかしいことなのだけど、どうしてもお金が必要なんだ。もし経済的に難しいのであれば、いつもの半額でもよいから送ってほしい。ダイチ、いつもありがとう」と書かれていた。

僕はあわてて送金の手続きを済ませた。でも、なんだか自分の心が空っぽになってしまっているような感覚を覚えた。自分の仕送りがないことが友人Nとその家族に大きな打撃を与えるという事実に、打ちのめされた。そして、自分が「支援者」であるという事実と責任とに向き合ってこなかった自分自身が、とてつもなく情けなくなった。このままでは何かが音を立てて壊れていくような感覚に襲われた。


前回の渡航には、友人Nをサポートするためにお金を届けるという明確な目的があった。でも、国際送金ができることが分かったいま、僕がわざわざレバノンまで行く必要はない。それに、友人Nに会えるのかどうかさえ、全く分からない。「これからレバノンに向かう」という連絡はもらっているものの、彼がまた国境を越えられないという可能性はとても高い。

ただ、たとえ会えなくても、友人Nのいる中東の地に足を踏み入れて、もう一度、「友人」として彼とつながる感覚を持ちたい。

情けないけれど、つまるところはそんな僕のエゴが、今回のレバノン行きの理由なんだと思う。

僕はいま「支援者」だけれど、そのこと以前に「友人」なのだから、彼にどうしても会いたい。その気持ちだけでも、今回のレバノン訪問という行動を通して、全力で彼に伝えられたいと思っている。

さぁ、そろそろレバノンに到着する。
この先一体どんなことが待っているのだろう。。。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
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松下幸之助さんの「働き方改革」を超えるために

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昨日はOne JAPANという団体の1周年記念イベントに参加してきた。

One JAPANとは「挑戦する個を増やす。組織風土を変える。」をミッションに、数十社の大企業の20-30代の有志が集まるネットワークだ。昨日秋葉原で行われたイベントにはなんと800人(!)が集まっていて、「自分たちから企業を変えよう!」という熱気が会場に充満していた。若手のビジネスパーソンたちがいま「企業で働くこと」を変革しようとする意思の現れなんだと思う。

そして、働き方の変革には政府も積極的に動いている。安倍政権の掲げる「働き方改革」の機運は、幸か不幸か電通の事件もあったことで注目度が高まり、取り組みは一気に盛り上がった。最近では「人生100年時代構想の推進」という掛け声もかかり、リンダ・グラットンさんの著書「LIFE SHIFT」の考え方に基づいた新たな動きも始まろうとしている。

若手と政府のそれぞれの動きに触れていて、肌感覚としても何かが起きようとしているという感じがあって、ここ最近は自分自身もすごくワクワクしている。

そんな中、先日、「働き方改革」を先導する経済産業省の官僚の方と意見交換をさせて頂くなかで、ハッとする話を伺った。その方曰く、過去最も革新的な「働き方改革」が断行されたのは、1965年の松下電器による週休2日制の導入なのだという。

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「世界と戦うには生産性を高め、国際競争力を高めなければ」という考えでこの改革を断行した松下幸之助さんは、社員の勤労意欲と組織の生産性を高めることで世界に冠たる組織を築き上げることに成功した。そして、その動きに他の企業と日本社会とが追随したことで、今日は当たり前になっている「週休2日制」が生まれたのだ。

こんな大胆な変革を起こしてしまう決断力に感銘を受けるとともに、そのとき松下幸之助さんが社員に発したメッセージが印象深い。彼は「一日休養・一日教養」というスローガンを打ち出し、単に2日休むのではなく、生み出された時間で仕事のアウトプットを高めよと社員に伝えたのだ。「週休2日にすることで世界に勝とう」という、明確なメッセージだったのだ。

僕はこの話を聞いて大いに感銘を受けるのと同時に、現在進行中の働き方改革に対してはどこか不安を感じざるを得なかった。

というのも、いま周囲の話を聞いていると、「長時間労働の撤廃」「ブラック企業反対」という声や「自由な働き方の実現」といった労働者側の権利の話が中心で、「生産性の向上」という本質の話があまり聞こえてこないからだ。もちろん「労働時間短縮」や「柔軟な働き方の実現」によって生産性は向上するわけで矛盾した話ではないのだが、どうも究極的なゴールが見失われているように感じる。

松下幸之助さんに習えば、大事なのは「限られた時間の中で生産性を高めるために工夫すること」と、「新たにできた時間をちゃんと教養にあてること」の2つだ。この2つが守られない限り、この「平成の働き方改革」は「ゆとり教育」と同じように、後世か大失敗の動きだったと振り返られてしまうのがオチだと僕は思う。


その上で、もう1つ書いておきたいポイントがある。

「働き方改革」が上手く推進すれば、生産性が高まって労働時間が短縮される。これによって、世の中の人たちは「勤務先で働く以外の時間」をより多く享受できるようになるはずだ。気になるのは、こうして新たに生まれる時間が一体どのように使われるのかということだ。

きっと色々な時間の使い方がされるのだと思う。家族と過ごす時間を増やす人もいるだろうし、兼業・副業をする人もいるかもしれない。はたまた、自己研鑽に勤しむ人や、レジャーや余暇のために当てる人もいるだろう。どの考え方も否定されるべきではないものの、僕にはここでも先の松下幸之助さんの言葉が思い出される。忘れてはいけないのは、「教養」のための時間を増やせるかということだろう。

無論、いまの時代を生きる人にとっての「教養」が何かは、しっかりと考える必要がある。以前は勉学や読書のみが教養だと考えられていた向きがあったが、現代においては「視野を広げること」全般が教養だと考えていいと思う。そして、NPOのセクターにいる自分の立場からは、働き方改革で新たに生まれる時間を「社会との接点を増やすこと」に使うことで視野を広げてほしいと強く思う。

世界で最も早いスピードで少子高齢化が進む日本社会において、何よりも大切なのは「最先端の社会課題に対してソリューションを提示していく」ことではないだろうか。だが、残念ながら多くのビジネスパーソンが、目の前の仕事に必死になり過ぎていて、世の中にどのような社会課題があるのかに対して目を向けたり共感したりする余裕を持てていないのが現状だ。社会課題を機会と捉えれば、このことは大きな機会損失だと考えられる。

どんな形でもよいので、ぜひ働き方改革で生まれる新たな時間を、社会との接点を増やすことに使ってほしい。

ボランティアやプロボノとしてNPOの活動に携わったり、保育園や学校でのPTA活動に積極的に取り組むのもいいかもしれない。あるいは、地域のスポーツチームやお祭りの運営に参加して、地域コミュニティとの絆を深めるのもいい。また、家庭で育児や介護に従事するのも、とても直接的な社会との接点だ。

ぜひ普段の仕事とは違う役割を持つことで、社会の中での自分の役割を考えるきっかけにしてほしい。そうすることで、社会課題を一人称で考えることのできる人の数が増えていき、社会課題を解決するソリューションが日本社会から数多く創出されることにつながっていくはずだ。

働き方改革による生産性の向上を社会課題の解決に繋げていくことこそ、松下幸之助さんが唱えた「一日休養・一日教養」の現代版だと僕は考える。

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
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相次ぐNPO経営者の退任に物申す

人生の流れは早いもので、今日で僕もいよいよ35歳になった。四捨五入すれば40歳なわけで、立派なオッサンに育ってしまったという明白かつ憂鬱な事実を受け入れる他ないだろう。なお、創業したNPO法人クロスフィールズも5月で6歳の誕生日を迎え、7年目のシーズンに突入している。いつの間にか僕の人生で最も長い期間身を置いている組織になったわけで、これまた何とも感慨深い。

さて、そんな35歳の誕生日に何となく書いてみたかったのは、NPO経営者のキャリアについてだ。

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今月4日、同時期に起業をした盟友である松田悠介(34歳)の壮行会が行われた。彼は認定NPO法人Teach For Japanの創業代表だった人物で、今から7年前にTeach For Americaのモデルを日本に持ち込むという無謀な挑戦に取り組み、そして大きな成果を残してきた。そんな彼が今月で代表理事のポジションを後輩に譲り、Stanford経営大学院のフルタイムExecutive MBAコースに進学して次なるチャレンジに挑むのだという。

実は彼だけでなく、実は2017年に入って、いわゆる「社会起業家」として活躍していたNPO経営者たちのキャリアチェンジが相次いでいる。

NPO法人NEWVERYの山本繁さん(39歳)は、学生時代に創業して15年間引っ張ってきた団体の理事長を退任し、大学の実務家教員としてのキャリアへと進んだ。また、NPO法人G-netの秋元祥治さん(37歳)も、同じく創業以来16年にわたって勤めてきた代表理事を退任し、今後は中小企業の支援に本腰を入れている。また、岡本拓也さん(40歳)も、認定NPO法人カタリバの常務理事とNPO法人SVP東京の代表理事のポジションを相次いで降りて次なるキャリアを模索している。

いずれの人もとても近しい距離で仕事をしていた先輩・友人であり、同時にソーシャルセクター全体を牽引してきた人物だったので、自分自身にとっても、また業界全体にとっても激震が走る出来事だった。

退任理由はそれぞれ違うし、何かを一般化することは難しいかもしれないが、今年に入って突然これだけ相次いでNPO経営者のキャリアチェンジが起きているということには、何かしらのメッセージが隠されているような気がしてならない。まだあまり整理できていないが、できるだけ客観的に、でも少し敢えて感情的にもなりながら、自分なりにこの現象に物申してみたいと思う。

まずはポジティブな側面について。

NPO経営者への新たなキャリアパスの提示
大きいのは、新たなキャリアパスを示したことだと思う。あまり知られていないが、NPOの経営者はキャリア上のゴールを描きにくく、孤独になりがちだ。株式会社の経営者であれば、バイアウトやIPOという分かりやすい出口があるし、株の持ち分もあるので転身をするきっかけを掴みやすい。それに対してNPOの経営者は明確な出口が描きにくい。もちろん生涯をかけて団体にコミットしている人も多いが、人生100年の時代に、それを全ての人に強いるのは酷だろう。その意味で、こうしたキャリアが描けると世の中に提示できたことは健全なことだったと思う。

新しい形態でのNPOのインパクト拡大
NPOの経営者が別の分野で新たな挑戦を始めることは、また違う形で社会的なインパクトを増大させることに繋がると言える。たとえばNEWVERYの山本さんはNPOで培った大学経営のノウハウを、今度は大学の内側に入り込んで活用するわけで、そのことが持つ社会的な意義は間違いなく大きいはずだ。

ソーシャルセクターの新陳代謝
最後に、ソーシャルセクターという業界全体に新陳代謝の効果をもたらす点に注目したい。変化が早いいまの時代において、いかにして次の世代へのバトンタッチを進めるかということは、どの業界にとっても、生き残りをかけた勝負になっている。この点、たとえば1970年代頃に多くの団体が誕生した国際協力NGOの業界を見てみると、創業代表の世代がかなり長い時間にわたってトップの職位にいたことで、業界としての勢いや革新性を維持することができなかったように感じる。その意味で、これだけ早い段階から業界内の新陳代謝が起き始めているということは、業界としての活力を維持する上で良いサインだと捉えられる。

一方で、無論やはり手放しには喜べないネガティブな側面もあるように思う。

バーンアウトすれすれの過酷さ
ソーシャルセクターの経営者は、その多くが一種のバーンアウトに陥りやすい環境で働いているように思う。明確なゴールや出口がわからない中で最終責任者としてシリアスなテーマに立ち向かい続けるというのは、これはなかなか過酷な旅路だった。無論、今回の一連の退任がバーンアウトによるものだったと言いたいわけではないが、この業界がもっと盛り上がっていくためには、経営者に向けた精神面でのセーフティネットの整備なども更に進めていくべきだと感じる。

変革を必要とする業界としての状況
少し話は逸れるかもしれないが、ソーシャルセクターの魅力が相対的に低下していることを感じることも最近多い。社会起業家ムーブメントが日本で起きたのは2005年頃だったといわれるが、それから既に10年以上が経過している。「刺激に満ち溢れた最先端の業界」としての価値は、いまはテクノロジーの世界やIPOが活況なベンチャーの世界に比べると乏しい印象が否めない。その意味では、ソーシャルセクターにも何かしらの変化が求められているわけで、今回の一連の退任は、ある意味ではそうした状況を反映した出来事だったようにも感じる。

同志としての単純な寂しさ
そして最後に、やはり一緒に業界を引っ張ってきた戦友たちが第一線から退くというのは、精神的にとても寂しい。まだまだ「社会を変えた」と胸を張って言い合える状況にはなっていない中では、もっともっと一緒にこのセクター引っ張っていきたかったというのが個人的な想いではある。

以上、非常に勝手気ままな見方ではあるが、相次ぐNPO経営者の退任に対して自分が考えたことを吐き出してみた。

自分自身としては、まだまだ自団体クロスフィールズの活動と日本のソーシャルセクターの発展とにコミットし続ける強い気持ちがある。そして、そういう風に日本のソーシャルセクターに留まって頑張る人材は、本当に沢山いる。大事なのは、今回キャリアチャンジをした人たちに刺激を受けつつ、そうした人材がそれぞれの持ち場で圧倒的な結果を出していくことだと思う。

僕個人としては、素晴らしい西海岸の環境でノウノウと勉強しているような人間には、成長スピードや社会に出している価値では決して負けてはならないと、心に決めた。35歳の1年間も、そんな気概で、一日一日を過ごしていこうと思う。

というわけで、松田悠介はせいぜい頑張ってきやがれ。
(そんな彼がStanfordでの日々を綴っているブログはこちらから)

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
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「他組織とのつながり」で社会を変える時代に突入した(気がする)

怒涛の6月が終わった。

今月は自団体のキックオフ合宿に始まって、様々な講演やらイベントも多く、とにかく慌ただしかった。週末にも出張や泊りがけのイベントが入っていることが多く、ほぼ休みなく1ヶ月を過ごした感じだ。でも、疲れはしたけれど、非常に収穫の多い充実した1ヶ月だったと思う。

今月、僕は以下の3つの外部イベントに参加した。

「avpn conference 2017」 (@バンコク、6/7-9)
世界中のImpact Investor約800人が一同に会して知見を共有するイベント
https://2017.avpn.asia/

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「新公益連盟ソーシャルビジネス経営者合宿」 (@湯河原、6/16-17)
日本のソーシャルビジネスの経営者約80人が学びを共有し合いながら切磋琢磨する場
http://www1.shinkoren.org/

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「G1新世代リーダー・サミット」 (@軽井沢、6/23-25)
40歳以下の各界リーダー120人が日本と世界を良くするための議論を行う場
http://g1summit.com/g1u-40/

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こういうことを紹介すると、「遊んでばかりいないで、しっかり仕事せぇや」とか思う人が多いかもしれない。正直なところ、僕も創業した当初などは、こういうイベントに出る経営者を「ちゃんと本業に時間使えよ」とか「あーあ、ネットワーキングばっかしちゃってさ。いい気なもんだ」などと思っていた。

でも、それは大きな間違いだったと思うし、これからの時代は経営をする上でますます「他組織とのつながり」が大事になるように感じ始めている。

いまNPOの世界を中心に、”Collective Impact”という言葉が盛んに叫ばれている。これは、自団体だけで課題解決をするのではなく、様々な関係者たちが共通の課題と目的指標を設定し、様々な組織がCollective(集合的/共同的)に課題を解決していくという考え方だ。社会課題が複雑化・高度化するなかで、単一の団体が規模を拡大して課題解決を行うことが難しくなってきていることから、このCollective Impactの考え方が注目を集めているというわけだ。

こういう考え方が経営の根幹に位置づけられると、経営者の仕事は思いきり変わってくる。

自団体での事業を成長させることは当然のように大切ではあるが、世の中がいったいどんな方向に向かっていて、他の組織がどんな動きをしているかを見極め、どことどのような組み方をすると課題解決が加速するのかを常に考えておくことが、経営者としての大切な仕事になる。そして、同業界なのか他業界なのかには関係なく、自組織が対峙する課題にかかわるエコシステムのなかでゆるやかな信頼関係を築いておくことは、経営者として決して避けられない重要な活動になってくる。

無論、単純に業界の有名人と名刺交換をするようなネットワーキングには意味はない。解決するべきと考えている課題を発信・共有し合い、それぞれが知恵やリソースを出し合いながら前向きな議論を行わなければ、全く意味のない集まりになってしまう。

実は今回参加した3つのイベントとも、そのあたりの工夫がすごくされていて、共通の思考・意図を持つ人たちが出会い協働することを後押しする仕掛けや、逆に異分野の人たちが共通のテーマに対して議論を深める場などが上手く用意されていた。(それぞれのイベントの運営者には感謝とともに心からの敬意を表したい!)

こうした運営側の工夫によって沢山のserendipityが起き、多くの素晴らしい活動が生まれていくのだ。実際クロスフィールズとしても、既存事業の延長線上にはない活動を行う必要性に気付くことがいくつもあったし、新たな事業を行う上で鍵となりそうな協働相手を見つけ、そうした相手と夜通し語り合いながら信頼関係を築くこともできた。

まだまだ何も起こせていないので偉そうなことは言えないものの、これからの時代はきっと様々な組織が手を取り合いながら社会を変えていく時代になってくる。そうした時代においては、いかにして「意義あるつながり」を持つことができるかによって、その組織がどれだけのインパクトを世の中に与えるかどうかを決めるようになると思うのだ。

とは言うものの、いくらなんでも月3回は多すぎるなのだけどね。疲れるし。
今月はなぜこんなに重なったんだろう…

NPO法人クロスフィールズ
小沼大地(@daichi0715

※ 当記事はNPO法人クロスフィールズ代表小沼の個人的著述です。
※ 2016年9月2日(金)に初の著書が発売になりました。
   『働く意義の見つけ方―仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)
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